芦屋東灘納税貯蓄組合連合会
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41回「税の作文」優秀作品 

 
  日本税理士会連合会会長賞入選作品
   
税に守られる者たち
府中市立府中第十中学校
三年 大島慧太郎
僕が税のことを知ったのは小学校五年生のときでした。このころはまだ、税は『国に納める金』ということしか知りませんでした。それから小学校六年、中学校と進級するにつれ、税に関する知識も少しずつついてきました。
しかし、それに比例して税に対する悪いイメージを抱くようになったのです。なぜ商品の値段だけでなく消費税なんてものがつくのか。なぜ納税が国民の義務なのか。僕にはそれがさっぱりわかりませんでした。でも今では税の大切さがよくわかります。
中一の一学期末、僕や妹は父を亡くし、今では母が女手一つで僕たちを育ててくれてます。しかし母の収入は決して多くはないので、前よりも少し窮屈な生活を強いられるようになりました。冬のある日、風邪をひいた僕は母と病院へ行きました。冬は光熱費が高くなるのでただでさえ出費が多い中、風邪なんかひいて悪いなぁと思いながら診察を受けました。そして、帰り際、母は診察代を払わず病院を出ました。薬局でも薬代を払わなかったので、不思議に思った僕は、なぜお金を払わないのかきいてみました。そしたら、母子家庭や父子家庭のとこには、お金の負担をしてくれるということを教えてくれました。でも誰が負担してくれるのかわからず、色々調べてみると、それは国民が納めている税で国が援助してくれてるのを知りました。僕はこのとき初めて税の大切さを知りました。
それだけじゃありません。直す必要の無い道路を工事しているのを見て「税金の無駄使いだ。」と思ったこともありました。でも今年の七月十六日、新潟県で大地震がありました。そんな災害が起きたときのために道路を補強したり、また被害にあった人たちを助けたり、壊れはてた町や村をもとどおりにしたりすることができるのは全部税金のおかげです。
これらの経験を通したり、税について勉強したりして、完璧とはいえないけど、昔に比べ税のことにだいぶ詳しくなりました。今思えば、少ない知識で税を否定していた自分が懐かしく感じます。そして僕は、僕たち国民は税に守られているのだと思いました。
今僕が中学校に通っていられるのも、貧しいながらも楽しく生活できているのも、健康で安全な生活がおくれるのも、全て税金のおかげです。このような生活が絶えるなんて、皆さんは考えたこと無いでしょう。それは安心してるからです。では、なぜ安心して生きていけるのでしょう。それは税に守られているからです。
昔疑問だった『納税がなぜ国民の義務なのか』は今はちゃんと答えがわかります。それは今の日本社会を崩さないため。そして、それを実行するため、僕は立派な社会人になって、日本の社会人としての責任を持ち、しっかり税を納めることを目標とします。
小さな力の大切さ
鎌ヶ谷市立第五中学校
三年 松本綾佳
私は最近までずっと疑問に思っていたことがありました。それは私が小さいころからつい最近まで「小児ぜんそく」という病気で治療を受けていた時のことです。例えば、毎月一回の検診の時にもらう一ヶ月分の薬や突然夜中に発作が起きて、点滴などの治療をしてもらった時に、薬局で私以外の患者さんがお金を払っているのにもかかわらず、お母さんがお金を払っているところを見たことがありませんでした。私はそのことを小さいながらも「なんでだろう?」と気になっていました。
中学校に入学し、社会科で初めて公民の授業を受けた時、「税金」という言葉を意識し始めました。
そんな時期にふと私はお母さんに聞いてみました。
「なんで私がぜんそくで病院に行った時、お母さんはお金を払っていなかったの?」
すると、お母さんは、
「あなたがぜんそくの時の治療費は全額税金から支払われていたんだよ。この制度を利用する前までは一ヶ月に約五万〜十万円も払っていたのよ。」
と言って、私に一枚の資料を見せてくれました。そこには「小児慢性特定疾患の申請」などと書かれていました。この申請をすると、慢性疾患で治療が長期にわたり、保護者の医療費の負担も高額となる場合に児童の医療費の一部を税金で負担する制度を受けられると書いてありました。
このことを知り、私は今までたくさんの人々の税金によって治療し、今の元気な私がいるのかもしれないと思いました。
またこの作文を書くにあたってもらった資料にはたくさんの税金の使い道が書かれていました。例えば、毎日私たちの生活の安全を守ってくれる警察・消防費。市町村のゴミ処理費。また一番身近な私たち中学生の教育費にたくさんの税金が使われている。
これらの税金は地方や国で、それぞれ地方税、国税という形で集められていた。
もしこれらの大切な税金がなかったら、病気で救急車を呼んだり、火災で消防車を呼んでもお金を払わないと助けてくれない恐ろしい世の中になってしまうと思いました。
今、私が納めている税金はおかしや文具などを買う時に払う消費税だけです。しかし、私が将来成人し、国民の三大義務の納税の義務をしっかり果たし税金を納めていかなければならないと思います。
またこの世の中で税金未納者や大切な税金の一部を無駄遣いする大人たちがいると日頃ニュースで見ていて、私はとても悲しく感じました。
日々、少子高齢化が進む社会で税金はかかせないものとなっています。お年寄りや未来の子供たちが健康で文化的な生活を送るためにも国民一人一人の小さな力が輝く未来への大きな第一歩です。
「税」について思うこと
太田市立藪本町中学校
三年 町田美早
中越沖地震から一ヶ月、ようやく仮設住宅への入居が開始されたとニュースで見た。
今回の地震では私の家もまるで船のように揺れ、どうしてよいかわからずに固まってしまった。前回の地震の時は、激しい揺れが何回か続き、台所のテーブルの下に身を潜めて心細い思いをしたことを覚えている。
災害は、ある日突然、瞬く間に人々に襲い掛かり、何の備えもないまま、すべての物を奪い去っていってしまう。でも、こうして、仮設住宅ができ、道路が直って、食料品や支援物資が運ばれ、水道や電気・ガスも復旧して、一ヶ月余り経過した今、段々と普段通りの生活に戻りつつある様子を見て、新潟のお年よりの皆さんに笑顔がもどったことに、良かったなという思いを強くした。一方、こうした復旧活動総てに「税」が活かされているということを母から聞いて、確かにタダで家が建つわけがないので、「税」というものについて関心を持つことができた。
また、つい先日、テレビ報道でインドのスラム街の子どもたちの様子を見たが、日本にはこんなところは無いだろうと思えるようなゴミの山みたいなところに住んで、学校へも行けず、物を売り歩いて、日々の暮らしを支えている。衛生的にも劣悪で、日本では考えられないような伝染病がまん延しているという報道に、胸が一杯になった。子どもは好んでこうした環境に生まれてきた訳ではないのに、世界の中には、内戦や紛争に巻き込まれながらどうすることもできない小さな叫びがあり、改めて、「日本という国に生まれてきてよかったな」と実感させられた。
よく、大人の会話の中で「税金を取られる」とか「税金に持っていかれる」という声を聞く。私も買い物の時に支払う「消費税」については、『決まりだから支払う』程度の認識しかなく、「税」は社会の中で、必要悪のようなイメージを持たれているように感じる。しかし、災害の時、いち早く生活環境を整え、そこに集う人々が普段通りの生活を笑顔で暮らせるように蛇口をひねれば水が出て、顔を洗って食事をし、歩道の整った道路を歩いて学校へ行く。こうした何気ない日常生活にも「税」は活かされていると考えると、私は、税は「取られたり、持って行かれたり」するものではなく、「出し合って支え合う、誰もができるボランティア」と考えたいと思う。そう思うとコンビニでの買い物も、幾分気分の良いものになったような気がする。
「ありがとう」
大阪市立春日出中学校
三年 川本美咲
私は今、とても充実している生活を日々送る事ができています。心から信頼する友人がいます。心から尊敬している先生や先輩がいます。辛い事を、一緒に乗りこえた仲間がいます。家には、私を応援してくれる大切な家族がいます。地域には、毎朝「おはよう、いってらっしゃい」と声をかけて下さる人もいます。いつも、私の周りには、私を支えて下さるたくさんの人がいる。その人達がいるからこそ、今の自分がここにいる。そう考えられるようになったのは、学校の先生の、「いつも謙虚な心を忘れるな」という言葉の意味を考え始めた頃からでした。そして、「税金」についても、同じように考えるようになりました。
例えば、私の生活の中の大きな存在である学校。税金で建てられているそうです。私の学校は創立六十年以上の歴史があるので、六十年以上も前の人達の、それもきっと何万人という人達の税金が使われているんだと思います。校舎だけじゃなく、黒板、机、ボールそして教科書…といった、私達の学習用品のほとんどに、税金を使わせて頂いています。更に、クラブ活動をするための部費も、もとは税金なんだそうです。安全に通学できるように、と整備された「スクールゾーン」と示された通学路。これにも税金が使われているそうです。普段何気なく歩いていた道でしたが、なんだかとても恵まれているんだと感じ、一歩一歩にありがたさが感じられるようになりました。
国民には、「納税の義務」があります。理由は色々とあるのでしょうが、きっと、「未来の日本を支える一員として、立派な大人になって欲しい。」という私達子供への思いがあるからこそ、税金は、私達の教育費にもたくさん使って頂いているのだと思います。たくさんの方達が、苦労を積み重ねて稼いだお金を、いくらあっても足りない、といわれる程貴重なお金を、そして、「形」となって私達の周りにそろえられた一つ一つの物を、それに込められた思いを、私はどう受けとめるべきなのか考えました。そして、その結果が、先生の言った通り、謙虚な心を持ち、「ありがとう」と、感謝する事なんだと思いました。
「今」を幸せだと感じられる事は、とても幸せな事です。でも、この私の「幸せ」の裏には、顔も見た事のないような人達の、苦労や努力があります。その例として「税金」があります。私は、今の「幸せ」と「感謝」を忘れずに、時間を大切にしながら、もっといろんな事を経験し、勉強し、努力を重ねて、少しでも未来の日本を明るくする事のできる大人になりたいです。そして、精一杯働いて納めた税金で、一人でも多くの人を、幸せにする事ができたら嬉しいです。
最後に、大人のみなさん、いつも一生懸命働いてくれて、ありがとうございます。
ノーブレス・オブリージュの精神
学校法人佐賀学園成頴中学校
三年 田中恵理奈
中学校に入学したとき、一番初めに校長先生から教わった言葉は「ノーブレス・オブリージュ」だった。これはフランス語で「高貴なる者の義務」を意味し、「恵まれた環境にいる者が先頭に立って人々に奉仕すること」だと教わった。
「義務」といっても法律で決まっているわけではないが、当時のフランス貴族は公共のために行動するのは当然だとみなされていた。また、現在も貴族制度や階級社会が存在するイギリスでは特に上流階級にこの精神が根強く残っている。英国王室のウィリアム王子とヘンリー王子兄弟が王立陸軍士官学校へ入学していることからも分かるだろう。昔から英国の貴族は国が戦争に巻き込まれると最前線に出て戦ってきた歴史がある。
私は幼い頃、家族と共にイギリスに住んでいた。現地の小学校に通ったのだが、そこには少し珍しい光景があった。学校には毎日、登下校時の安全確保、読み聞かせや授業の補助、教材作りの手伝い、けが防止の見張りなどをしてくれる大人たちが二十人程いた。彼らは「ペアレント・ヘルパーズ」と呼ばれており、皆丸一日学校にいるわけではないのだが、週に一時間から二時間、自分の可能な範囲でボランティアに来てくれていた。学校に慣れるまでの私には、そのボランティアの方々の助けが何よりもありがたかった。今思えば、「高貴なる者の義務」と言わずとも、階級に関係なく自分の立場で自分の義務を果たして社会に貢献する文化がイギリスには根付いていた気がする。かつて世界一を誇った国の、美徳のようなものがそこにあるのではないか。
私は、「高貴さ」とは生まれ育ちのみを言うことではないと思う。人間として、縁あってどこかの国に生まれ、その国の国民として生きるとき、自分一人の幸福を望むのではなく、他の国民の幸福にも貢献できるように税を納める。その税が、国を豊かにする。今度は、国が他の国に貢献できる力をつけていく。そうして幸福な人々を増やしていくことが「高貴さ」につながると思う。
納税は法的な義務だから、「ノーブレス・オブリージュ」の精神とは少し違うが、私たち日本人は、その精神を持って社会に、そして世界に貢献していくことがこれから大切になっていくだろうと私は考えている。
                       
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