芦屋東灘納税貯蓄組合連合会
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41回「税の作文」優秀作品 

 
  財団法人大蔵財務協会理事長賞入選作品
   
「税の役目と自分」
品川区立冨士見台中学校
三年 矢部廉弥
普段よく耳にする税ですが、今まで僕は全く知識も興味もありませんでした。しかし、この作文を書くことをきっかけにテレビや新聞を見たり、親と税の話をするようになりました。その中でたくさんの驚きや発見がありました。例えば、僕達のような中学生や小学生が毎日のように使っている学校のパソコンや照明などの設備、授業で扱う教科書、机、黒板などのほとんどが税金によって購入されていることです。これらだけでなく僕達の身の周りにある図書館や役所、道路・上下水道の整備、町の治安のための警察や消防も税金で成り立っています。僕達が安全で豊かな生活ができるのも税金があるおかげです。
最近、テレビを見るとニュース番組や討論番組などで税のことが話題になっていることが多いです。それを見ていると疑問に思うことがいくつかあります。なぜ財政が赤字になって消費税を増やさなければならないのか、親の給料が引かれている所得税などはどういう基準で定められているのか。又、街を見まわすと、誰も通らない歩道橋があったり、あまり利用していない施設の工事をしていたりするのは税金の無駄ではないかと思い、そのようなことで自分達が確保できるお金が引かれて無くなってしまうと思うと不快な気持ちになります。このように思っている人は多いと思います。だから脱税する人がいたり、反対運動が起きたりして不満を持つ人が増えてさらに少子高齢化などの問題も加わり結局は財政が苦しくなるんだと思います。このような問題を無くすためにも税金を払う大人やそれで生活ができる僕達子供がしっかりと税金のことを勉強して、税金の良さ、ありがたさと悪い点、問題点をしっかり理解しなければならないと思います。
僕が税金の事で最も注目しているのは、税金が国債貢献に使われていることです。僕は今まで日本の税金は日本国民のためだけに使われると思っていました。現在、日本の政府開発援助(ODA)は世界トップクラスで、まだ生活が豊かでない発展途上国の多いアジアやアフリカなどを中心に約七千億円もの資金を援助しています。これにはとても驚きました。でも、この税金の使い方は決して間違いではないと思います。なぜなら国際交流が盛んな今、国と国が協力し合ってきているからです。特に日本で今こうして豊かな生活ができるのもたくさんの国の協力があるからだと思うからです。だから、その分日本は他の国に協力をしてどの国も平等で豊かな生活のできる平和な世界を僕は望んでいます。
年貢を税として収めていた時代から今日に至るまで税や法律などは大きく変化していく中で、僕達はそれに柔軟に対応していける知識を得られるように学んでいかなければならないと思いました。
地球温暖化から税を知る
文京区立第一中学校
三年 磯怜奈
今年の夏はとにかく暑い。連日三十六度の猛暑日が続きました。熱中症で死亡した人や病院に搬送された人もいます。地球温暖化の影響でしょうか。対策の一つとして「バイオ燃料に優遇税制、混合分をガソリン税免除」という新聞記事を見ました。バイオ燃料はさとうきびなどが原料のため二酸化炭素の排出量を減らすことが出来るので、税制面で支援するという方針だそうです。私はとても良い方針だと思いました。
私たちの生活はとても便利になり、学校にもエアコンが設置され、快適に過ごせるようになりました。しかしその反面、資源やエネルギーを大量に使って多くのゴミや汚染物を出すことになりました。その結果、大気汚染やオゾン層の破壊、酸性雨、地球温暖化、自然環境の破壊などが深刻な地球環境問題になっているのです。
一人一人が地球に住む人として、地球の悲鳴に気づき何が出来るのかを考えながら生活することが大切だと思いました。新聞で風力発電機を開発して無線を楽しんでいる人のことを知りました。その人は、機械メーカーの技術者として大量の油を使うオイル漬けの日々を送ってきたので遊ぶエネルギーくらい自前で作りたかったそうです。持ち運べる風力発電機がなかったので自分で開発することを考え、重さ三キロのどこにでも運べて自然のエネルギーを利用できる風力発電機を開発したそうです。「発電の喜びを得ることで、省エネの大切さも身に染みるようになった。」と話していました。私にはまだ何かを開発することは出来ないけれど、資源の無駄遣いをしないことや、自分のことばかり考えずに少しは我慢したり、小さな事でも気を配りながら生活しようと思いました。
最近、私が利用する駅の駐輪場に電気が設置されました。とても明るくなり防犯や安全のことを考えると大変有り難いのですが、やや明る過ぎるように感じます。半分に減らしても良いのではと思いました。駐輪場も税金で管理されています。
「もったいない」という言葉がテレビなどでも聞かれますが、母は口癖のようによく言います。以前は、うるさいなと思うこともありましたが、今では自分自身のことだけでなく、身の回りのことも関心を持つようになりました。公共事業や公共サービスにおいても見直す課題があると思います。
私は毎日、当り前のように学校に行き授業を受けて楽しい部活をして帰る生活を送っていますが、それは国民の方々が納めて下さった税金のお陰です。そのことを忘れずに、感謝し、より高い目標を持ち、努力することが大切だと思いました。将来、私も社会人として正しく納税して、地球に優しい社会を考えたいと思います。この作文を通して、社会の仕組みや税について学ぶことが出来ました。
「税金」のおかげ
千代田区立神田一橋中学校
三年 石岡佑一
国民の三大義務の一つに「納税の義務」がありますが、「税金」には、どちらかといえばマイナスのイメージの方が強いのではないでしょうか。でも、中学校に入学して、毎年夏休みに「税の作文」を書くようになり、税金のバックアップによって僕達が健康で文化的な生活を送れるんだということが、段々理解出来るようになりました。
今回僕は「社会保障に使われる税金」の具体的な例を、自分の体験を基に述べることにします。日本の公的医療保障制度には、医療保険制度のほかに公費負担医療制度があり、後者は様々な法律に基づいて、国や自治体が医療費の全部または一部を、公費で負担してくれるというものです。
僕は腸の一箇所が閉鎖した状態で、この世に誕生しました。大学病院でこの手術を受けるには、約二百三十万円もの費用が必要だったそうです。健康保険が適用されても、両親の自己負担分は七十万円余り。この時、我が家の強い味方になってくれたのが、「育成医療制度」でした。
この制度は、公費負担医療制度の一つで、十八歳未満で身体に病気や障害があり、放置すると将来障害を残す恐れが大きい子供に対して、入院治療や手術によって確実な治療効果が期待出来る場合に、医療費の自己負担額の一部が公費から給付されるというものです。公費とは、すなわち税金で成り立っています。僕の治療に育成医療制度が適用されたおかげで、両親の負担金額は軽減されて、随分助かったという話を教えてもらいました。
自分や家族が、病気や怪我で治療が必要になった時、もし医療費の負担が重くのしかかってきたら、安心して治療に専念すること等、とても出来ないと思います。少ない負担で安心して治療が受けられる公的医療保障制度にも、税金は大きな役割を果たしているのです。
税金は社会保障だけではなく、教育・公共事業・国際貢献等、僕達の生活のいろいろなところで使われています。国や各地方自治体の為に税金を納めていると思ってしまいがちですが、結局のところ、税の恩恵を一番受けているのは、僕達国民なのです。
僕が社会人になるまでには、様々な場面で税金のお世話になる訳だから、それを還元する意味も含めて、働くようになったら「納税の義務」を怠ってはいけないと思っています。そして、僕達の納めた税金が、豊かで将来に希望の持てる日本を創る為に有意義に使われることを、強く望んでいます。
私達にできること
足立区立第十中学校
三年 佐藤美乃里
昨年の秋頃であったか、北海道の夕張市役所が財政破たんしたというニュースを聞いてとても驚きました。企業が倒産したり、個人が破産することがあっても、まさか、役所が倒産するなんて想像もつかなかったからです。
その後、夕張市の市長選などマスコミでも大きく取り上げられ、市の財政というものが以前よりも身近な問題として感じられるようになりました。というのも、夕張市の、国への借金返済の分を市民一人一人が住民税の増額などという形で負担しなければならないにもかかわらず、福祉などの恩恵はむしろほとんど受けられないと聞いたからです。
多くの人々が、生活の苦しさからやむを得ず、他の市へ引っ越しを余儀なくされている中、それでも尚、故郷を捨てられない人々や都会から故郷の為に戻ってくる人々の姿は理屈を超えた、深い共感を覚えずにはいられませんでした。
日本も今、高齢者の増加に比べ、少子化などにより将来の働き手が減ってしまうことが予想され、支出に比べ収入の確保が難しいという問題があります。連日報道されている、年金問題など、それの最も印象的な形と言えるでしょう。
確かに、今まで汗みずたらして支払ってきたのに老後の生活が保障されないとしたら、多くの人々が不安になり憤るのも無理のないことだと思います。けれど、問題はそれだけでしょうか。このまま少子化が進めば、私達が大人になる頃には年金はおろか、最小限の社会保障すら望めないのではないでしょうか。
現代社会では多額の負債を残したまま倒産してしまう企業の為に税金が使われたり、支払い能力も無いのに多額の借金をして、ついには自己破産してしまう人々も増え続けているそうです。
何故、人は使うことばかり考えるのでしょう。資源も財政にも限りがあるのです。本当に必要なものは何なのか、もう一度一人一人が考え直さなければならない時が来ているのではないでしょうか。絶対に減らしてはならない社会保障の資金や教育資金などの為に無駄を失くし、一人一人が責任をもって、協力し合える世の中を作ることが今、一番大切なことだと思います。
将来、国の財政が破たんしたら…などと少し映画の話のような事に思えるかも知れないけど、その時に初めて平和で豊かな国の有り難さに気づいても遅いと思います。
自分にできる小さなこと、例えば脱税だとかそんなことをしないできちんと税を納めるそんなことから、国の財政を守る努力をしていきたいものです。
税金と私達
相模原市立相模丘中学校
三年 佐藤瞳
「税金」という言葉をよく耳にします。私が税金と聞いて一番初めに思い浮かんだものは、日頃から何気なく払っている消費税でした。税金について全く知らない私は、この作文を書くことをきっかけに、税金について調べてみることにしました。
色々と調べていくうちに、驚くことがたくさん出てきました。「人という字は互いに支え合って出来ている。」とよく言います。私達の生活の多くも税金によって支えられていることに気がついたのです。例えば、ゴミの処理や信号、社会福祉、普段使っている道路や公共施設、私達が一番お世話になっている学校。これらはすべて税金で賄われています。安全を守ってくれている警察や消防にも実は税金が使われています。毎年新しい教科書が貰えるのも、毎日のように学校に通えるのも、すべて税金のおかげなのです。そう考えていくと、授業はもちろん、教科書、公共物をもっと大切にしなくてはならないと改めて強く感じました。皆が払っている税金は、お金という形で返ってくるのではなく、私達が生活で必要とするもの、より安全で快適に過ごせるためのものとして私達のもとへ返ってきているのです。一人ひとりがしっかり納税という義務を果たすことで、私達の生活が豊かになっていくということなのです。
しかし、税金に支えられて生活しているにも関わらず、自分では税金を納めない人、いわゆる「脱税」をする人がいます。その原因の一つとして、「税金がどのように使われているかが分からない」「本当は無駄に使われているのではないか」などの疑問点があると思います。私も今回、税について調べてみて、初めて身の周りのたくさんのものが税金で成り立っていることを知りました。税金の使われ方というのは、日頃の生活の中ではなかなか知ることができるよい機会がないものだと思います。なので、自分で税金というものに少しでも興味を持ち、税金を納めることがどれだけ大切なのかを知るべきだと思います。
私は最初、税金に対して「納めなくてはいけない」「払わなくてはいけない」という悪いイメージをもっていました。でも今回この作文を書いて、それは大きな勘違いだったということに気がつきました。私達と税金は、切っても切れない強い糸で結ばれているのです。
少子高齢化が進む今、税金について様々な問題が出てきています。その問題を解決するためにも、無駄なく税金が使われ、国民の不安が少しでも取り除かれる日が来ればよいと思います。そして、日本の未来を担う私達がしっかりと働いて納税し、社会に貢献できたらと思います。
税金と私たちの生活
千葉市立小中台中学校
三年 東海林ゆき
今まで私は、税金が自分の生活に、どのように関係しているのか、考える機会がほとんどなかった。自分が直接支払っている消費税さえも、日常生活の中では、ごく当たり前のことのように感じていた。
税に対して意識するようになったのは、公民の資料として配布されたパンフレットを見てからだ。その資料には、税のしくみ、種類、使い方などについて書かれていた。
その中でも驚いたのは、千葉県で義務教育九年間にかかる税金が、一人当たり八百万円近くにもなることだ。自分が教育を受けさせてもらっているのは、親の援助ばかりでなく多くの人が納めた税金のお陰だということがわかり、本当にありがたいと思った。いずれは、誰もが税金を納める側になる、とは言っても、私たちは自分の将来のために勉強するだけでなく、社会に貢献することも考えなくてはいけないと思う。
他にも、上下水道の整備、道路整備、治安、食生活に至るまで、朝起きてから夜寝るまで、私たちの生活が、税金なしでは成り立たないことがよくわかり、税の大切さを認識した。
これらのことから、国民の三大義務のひとつが「納税の義務」であることが納得できた。
ところが、ニュースで所得の申告漏れなどによる脱税が行われているという話を聞くことがある。自分ひとりくらい払わなくても、という勝手な考えは、自分も税金の恩恵を受けている以上、成り立たないと思う。
一方、税金の使い方については、無駄なく公平に使って欲しいと考えている。
最近話題になった、北海道夕張市の財政破たんの原因のひとつは、税金の無駄使いであると言われている。祖父の家が札幌にあるので、夕張には何回か行ったことがある。石炭歴史の村、遊園地などを訪れたときに感じたのは、いつも驚くほど人がいなかったことだ。こんな状態で大丈夫なのかと、私でさえ心配になる程だったのを覚えている。残念なことに、市の財政破たん後は、観光施設ばかりでなく、市民の日常生活にも、かなり悪影響が出ているそうだ。
夕張市ばかりでなく、全国には財政難の自治体が多くあるらしい。税金の使い道を決める重要な役割を担う人には、将来のことをよく考えて、慎重に決めて欲しいと思う。
「魏志倭人伝」によると、邪馬台国では、すでに税が存在していたそうだ。二千年近くもある税の歴史の中には、税が人々の生活を苦しめていた時代もあったが、長い年月をかけて税のしくみは少しずつ改善されてきている。一部の人が恩恵を受けるのではなく、すべての国民が幸せになれるような税のしくみになるよう、私たちひとり一人が、もっと税に対して関心をもって、生活していかなければいけないと思う。
身近に活かされる税
甲斐市立竜王中学校
三年 帯金久泰
中学三年になって、社会科の公民の授業で、国民の納税の義務や税金の種類そして使われ方を、学ぶ機会がありました。私達も、普段何気なく買い物などで納税している税金に、消費税があります。そのとき、私は単に義務として、税金を納めるのではなく、納税者として税金の仕組みや使い道について、知っておく必要があると感じました。
税金には、国税と地方税があります。消費税五%の場合は、四%が国税で一%は地方消費税で、地方税のそのまた半分が市町村へ交付されます。また、消費税は基礎年金や老人医療・介護のためと、地方の身近な生活を支えるために使われていることを知りました。そのほかにも、身近な医療・福祉や警察・消防そして私達の教育費もみんな税金でまかなわれています。私達中学生には、教科書などを含め、年間で一人当たり九十四万三千円が教育費として使われているそうです。毎日使う教科書も、大事な税金の一部なので、大切に使おうと今まで以上に思いました。
今、私の住む甲斐市では、市民の長年の夢であった「竜王駅」の、建て替え工事ならびに周辺地域整備事業の工事が進んでいます。時々、市の広報誌に計画の進行状況が掲載されます。建物の設計は、世界的な建築家の安藤忠雄氏が手がけ、とても斬新なものになるようですが、ここにも私達の税金がたくさん使われます。甲斐市では、平成十七年から三年間で約四十九億円投じて、この駅整備事業が行われています。また、この事業は国土交通省から平成十六年度「まちづくり交付金事業」と、平成十七年度「街路補助事業」に採択され交付金がくるそうです。私は、この大規模な計画で造られる新しい駅は、何より市民と駅の利用者が利用しやすく、みんなに愛される施設となってほしいと期待しています。このように、私達が安心した暮らしができるための、公共サービスの費用は税金でまかなわれているのがわかりました。
最近、日本では脱税する人や滞納する人そして働かずにいる若者が増え、税金をきちんと納めなくてもいいと考える風潮があるとも、聞いたことがあります。また、税金の無駄遣いや、税金の額への不公平感などにより、納税者が不満に感じることがあることも知りました。今回、私は税金のことを知っていく中で、それは本当にいけないことで、この風潮が続くと、今の豊かな社会が守れなくなるのだと思うと、怖くなりました。なぜなら、今、生活している日本の社会は、税金によって社会環境が守られ、私達は安心して暮らせているからです。
私は、大人になったら「納税の義務」を果たし、今の社会生活を守りたいと思いました。また、その税金で次の世代の人達が、夢を持って暮らせる日本にしたいと思いました。
あたりまえにある幸せ
ふじみ野市立福岡中学校
三年 高橋奈津子
昨今、世間を賑わせている年金問題を見ても自分の納めたものが、老後にちゃんと自分に還元されるのか、数年後に訪れる自分たちの老後に多くの人々がかなりの不安、危機感を覚えている現状があるからではないだろうか。
長寿国日本。少子高齢化が社会問題になって久しい。出生率が低下し高齢者の人口比率が徐々に増え、現在約四人に一である六十五歳以上の割合が近い将来、三人に一人まで増えると予想されるのである。
この春、山形で一人暮らしをしていた祖父が七十九才で他界した。入院前の二年間は介護認定を受けヘルパーさんやデイサービス、地域の方々に支えられ、離れて暮らす私の両親の心の支えにもなって下さり感謝・感謝の日々であった。
高齢者になれば働けない。備えたお金で生活することになるが、年金だけが頼りの人もいるだろう。高齢化社会が進む中、介護や福祉、社会保障に税は今まで以上に大いに力を発揮し人々を助けなければならない役割にあると思う。
私も中学三年生となり、いよいよ義務教育最後の年だが、九年間の教育費や進級と共に受け取っていた沢山の教科書、そして快適な学校生活をサポートしてくれる校舎、体育館などの設備も税のおかげで賄われている。
空気や人の優しさのように私達を包んでくれて生きる支えになっているものは実は国民の税金によって与えられたものだという事がとてもありがたく嬉しく思った。
道路や公園、図書館などの維持管理や警察、消防などの社会の安全確保などくらしに関わる様々なものに税は変身しているのである。
税金を納めることは弥生時代からあったようだが、辛く生活が厳しくなる「取られる」「引かれる」というイメージから「豊かになる」「思いやり」「まごころ」を未来に伝える大切なものだという一人一人の意識改革が必要であると思う。日常生活の中で誰もが自然に恩恵を受け浸透している現実を私達は再確認するべき時である。
税金とは将来のために必要な資金源であることを自覚して納税し、「優しさのかたち」として時代と共に私達がプロデュースしていくべきものであると思う。
税金と祖父母のくらし
行田市立行田中学校
二年 加藤安梨沙
私の住む行田市は連日三十五度を超える猛暑日が続いていました。テレビでも毎日のように熱中症で病院へ運ばれたり、亡くなった人のニュースが流れていました。行田市の隣の熊谷市が暑さをうりにして「暑いぞ熊谷」のキャンペーンをしたり、とにかく毎日暑い日が続いていたのです。
そんな時、祖父が救急車で病院に運ばれました。お盆のため、暑い日中に自動車を運転して親戚へ行き、家へ帰ってきたときには、気分が悪くなり、起き上がれなくなってしまいました。急いで救急車を呼び、家から十五分ほどの壮行会行田総合病院へ運ばれました。祖父は心臓と腎臓が悪く、病院にかかっていました。そこへ熱中症の脱水症状が加わり、心臓が止まりかけました。電気ショックで心臓を動かし、ペースメーカーを取り付け人工的に心臓を動かす応急処置を施し再び救急車で一時間かかる深谷日赤病院へ転送されました。祖父は救命救急士やお医者さんのおかげで一命をとりとめました。祖父の回復は早く十日程で退院することができました。
祖父は年金暮らしなので、私は病院の治療費や救急車の費用など支払えるのかとても心配でした。祖母にそのことを伝えると、
「救急車は無料だし、おじいちゃんは、かかった治療費の一割を支払うだけでいいんだよ。だから、お金のことは全然心配しないんだよ。」
と、教えてくれました。
私は、祖母の話を聞いて、そのことについて調べてみました。救急車や消防車は税金でまかなわれているので、無料だということを初めて知りました。そして、治療費も、高度な治療を受けたのにもかかわらず、老人医療では、かかった費用の九割を税金がかわりに払ってくれることも知りました。祖父は退院後、今まで通りの生活ができましたが、病気によっては、車椅子の生活になったり、誰かの介護を必要とする場合があります。家をリフォームして、段差をなくしたり、玄関にスロープを作ったり、ろう下やトイレなどに手すりをつけたりする必要が出てくる人もいます。そんな時も、税金から、設置料やリフォーム代の一部が負担されることも知りました。また、入浴したり、身の回りの世話をするなどの介護を頼んだときの費用も税金から負担されることも知りました。
年老いた祖父母が安心して生活していけるのも税金のおかげだと思いました。祖父母がいつまでも元気で楽しく暮らしていくために、私たち若者が、きちんと税金を納めていくことが必要だと思いました。
豊かさの元をたどれば…税金で成り立つこの社会
龍ヶ崎市立中根台中学校
二年 大野一樹
「昔の大会は、薄暗くて狭い体育館が会場だった……こんな恵まれた施設でラケットを振れるお前たちは幸せ者だよ。」元中学校教員で卓球部の顧問だった祖父の口癖だ。
卓球部に所属している私は、市内にある「たつのこアリーナ」という名前の総合体育館で試合をしたり、練習に励んだりしている。特に大会の時には、冷暖房が効いた広くて明るいフロアに最新の卓球台が四十台近くもずらりと並び、迫力がある。でも私は、「これが当たり前なんだ」と思い、祖父の言葉も何気なく聞き流していた。
ある日、練習のためアリーナに送ってもらう車の中で、市役所に勤務する父の口から出た言葉が、私の耳に重く響いた。
「四十億円、一人あたり約五万円。これが何の数字か分かるかな?」
四十億などという数字は、普通の生活ではまずお目にかかれない。答えに窮する私に父は、「これから向かうたつのこアリーナを建設するためにかかった費用だよ」と話した。
「全然ピンとこないんだけど。」そう答えた私に父は「赤ちゃんからお年寄りまで、龍ヶ崎市民一人当たりにならすとおよそ五万円。お前のお小遣いの何年分だろうね」と笑って諭した。でも、その目は真剣だった。
「この四十億円の大部分は、市民が一生懸命納めてくれた税金。アリーナ建設のために、龍ヶ崎市はとても苦労した。そのことも頭に入れて、今日の練習を頑張れよ。」
この父との会話が「税金」という二文字を考えるきっかけになった。
父の話では、以前の龍ヶ崎市には大きな運動施設がなく「体育館や競技場を造ってほしい」という要望が市民から寄せられていたそうだ。そこで十年以上も前から、税金の一部を「基金」という名で貯金を続け、ようやく平成十四年、私が小学校三年生のとき、アリーナを建設できたということだ。
そんないきさつを知らない私は、「アリーナがそこにあるのが当然」という気持ちで何気なく利用していた。でも、一生懸命税金を納めてくれた人たちのおかげで、いろいろなスポーツを気軽に楽しむことができる……祖父や父の言葉の意味が、少しだけ分かったような気がする。
アリーナから帰る道すがら、改めて周りを見渡してみた。きれいに整備された道路、交差点の信号機、毎日通う中学校の校舎と体育館……学校の蛇口から流れる水も、元をたどれば税金なんだと考えるようになった。
税のおかげで、私たちは便利な毎日を送り、気持ちのいい汗を流すことができる。だから、今の豊かさに恩返しをするためにも、大人になったらきちんと税金を納めたいと考えている。そして、それが本当の「社会の一員」に仲間入りすることなのだと思う。
「心と税」
那須烏山市立烏山中学校
三年 三森優奈
私は大人になったらたくさん働いて、国にたくさんの税を納めたいです。
そう考えたきっかけは、兄弟でネパールにボランティアに行ったことです。
ネパールはモンゴルの近くにある小さな国です。ネパールはいわゆる発展途上国です。
国民のほとんどが満足に税を納めることは出来ません。例えば、国の中心街で交通事故が起きてしまっても二日間〜三日間そのまま放置している状態です。なぜ、このようなことが起きてしまうかというと、やはり日本では税金で造られている警察署や消防署が満足に設備されていないこと原因です。こう考えると私たちが払う一つ一つの税金が私たちの安全を守ってくれていることがよくわかります。
安全だけではありません。
私は今まで学校に行けることがあたり前で税金で造られていることも知りませんでした。
ネパールに行った時、私たちはいろいろなボランティア団体が建設した学校を訪問することができました。ネパールの学校にはプールや広い校庭、体育館などはありません。ただ建物の中に机と椅子、黒板があるだけの教室です。私の通っている烏山中学校ではプールがあり体育館、音楽室、広々とした校庭など整った設備があります。日本の学生や大人の人達からするとあたり前のことかもしれません。しかし、この一つ一つの設備が税金で造られていることで建設され使われていることは、日本国民みんなが税金をきちんと納めている象徴であると思います。
学校に行けることがあたりまえ、事故が起きればすぐに警察や救急車が駆けつけてくれる、今までこのように考えていましたが、私たちは税金のシステムに感謝し、税金のシステムを大切にすることが必要だと考えました。
今、ニュースで税金を払わない人や無駄に使ってしまう人がいると聞きます。
税金の値段にかかわりなく、税金の必要性をもっともっと考えることが必要だと思います。
だれかが「税金なんて払ったってしょうがない」とか「どうせ変なことに使われちゃうんだろう」と思ってしまったら税金に必要を感じ、きちんと払っている人達に申し訳ないと私は感じてしまいます。このように税金はお金という形で作られていますが、私は「心と税」はつながっていると考えます。
それは世界を円で囲むように、人々が払った税金が国に渡り、国民の幸せのために使われて、私を幸せにしてくれる。このように私たちの心と税金はつながっているのです。だから私は大人になったらたくさん働いて税金を納めたい。それは家族のため、国のため、世界のため、自分のため。
誠意の壁と税金
大阪市立旭陽中学校
三年 堀正樹
僕は、「税金」と聞けば、以前はあまりいい印象をもっていなかった。歴史を勉強しても年貢は農民たちを苦しめていたし、父の給料明細では所得税や住民税など引かれているにもかかわらず、買い物をするたび消費税がかかる。それに僕が一ヶ月のお小遣いとしてもらっているお金で本やCDを買っても消費税はついてくる。働いていない僕までも税金を払っている、と少し不満だった。
ところが、その考えが変わる出来事が起きたのである。それは、一年程前、隣に住む一人暮らしのおばあさんが年のせいで、背骨が自然に折れてしまい三ヶ月程入院することになった。おばあさんの息子さんは遠くにいるため、僕の母が頻繁に病院へ行っていた。
「おばあちゃんには、元気な時、よくしてもらったからね。」
と、母はそう言って、おばあさんの玄関にある植木にも毎日、水をやっていた。母も仕事があるため、本当は大変だったにちがいないと僕は思った。
それから、おばあさんは退院された。骨がくっつくまで家で安静にしていなくてはならなくなった。だから、今度は食事のための買い物も必要になってくる。母は自分の買い物のついでだから、と平気そうだったが、ある日こう言った。
「どこまで、してあげればいいのか難しいな。親切のつもりで自分ができる範囲のことをしているのだけれど、『ありがとう、ありがとう。』と何度も言われるので、自分の家族だと気が楽だけど、逆におばあさんに気を遣わせてしまって申し訳ない感じがする。」
僕は、すごく驚いた。母の行為は近所で助け合おうとする誠意からしていることで、また、おばあさんも本当に誠意をもってお礼を言ってくれたのだと思う。しかし、その誠意をお互い遠慮なく受け取ることができず、重たく感じているのではないか。人とのかかわりの中で助け合いや思いやりが必要なのに、その中で、気遣いのマイナス面も生まれてくる。僕は、これも高齢化社会の大きな問題の一つではないかと考えた。
しばらくして、息子さんが介護の人に来てもらえるように手続きをされたらしく、今では買い物も掃除もその介護の人がしてくれている。母は時々、様子を見に行ったり、声をかける程度になった。また、おばあさんも、最近はいつも笑っている気がする。介護の人が来てくれて気持ちが楽になったのだろう。
僕は、税金がこんなふうに使われているのだと知り、うれしくなった。誠意から生まれる複雑な心の壁も、税金による介護制度で、乗り越えられるのだ。国は僕たちの生活のことを考えてくれている。国民全員が国民全員の助け合いになっている。税金のすばらしさを知った僕は、それから消費税を払う時、社会に参加しているのだと誇らしく思うようになった。
「私が伝えたいこと」
京都市立醍醐中学校
三年 江見小野花
私は、幼い頃から眼科検診をすると、いつもいつも「再検診が必要」と言われていました。再検診をするため眼科に行くと、「外斜視」と診断され、治すには手術が必要と言われました。当時まだ幼かった私には、その事で悩みも無かったし、お医者さんに大人になっても手術をしてなくて生活している人だってたくさんいると言われたので手術をしませんでした。その後も、何も目の事で悩みなどなく小学校を卒業しました。しかし、中学校に入ると、周りから外斜視の事で毎日のようにいろいろな事を言われるようになり、とても悩みました。そして、こんな思いをするなら手術をした方がいいかなと思い、親に相談しました。すると親は手術をしていいと言ってくれました。なので、手術が出来る病院に何回も通い手術の日程が決まり、中学一年生の一月始めに手術をしました。手術をした、数日後に学校が始まりました。その頃まだ眼球を動かすと痛みがあり今までに見たことがないくらいヒドく充血していたので、私は眼帯を付けて登校しました。そして、私が手術をしたということがみんなの耳に入り、いつのまにか私の悩みと悩みの種になっていた言葉は消えていきました。私は、本当に手術をして良かったと思いました。ところで手術するのには、どのくらいのお金がかかったのかなと思ったので、母に聞いてみました。すると母に「手術や診察するのにいるお金は、育成医療(自立支援医療)から出ているから何も払ってないよ。」と言われました。育成医療とは何なのか気になった私は、調べてみました。そして、そのお金が税金から来ていると知り、今まであった「税金なんてなくなれば良い」という思いは消え、改めて税金に支えられて生活しているんだなと感じました。
もし税金がなくなってしまったら、どうなるのか想像したことはありますか?想像してみて下さい。
今は、ゴミ処理費や警察・消防費などにかかる高額なお金は税金から出ていますが、税金がなくなるとその高額なお金を私達、国民が支払わなければいけなくなります。
そんな世の中で、今みたいな生活が出来るとは思えません。
安心して生活出来るのも、税金のおかげです。
私達は税金に支えられて生活しているのだということを理解しておけば、とられるなどのイメージをもたずに納めることができるのではないかと思います。
「生活環境と税金」
学校法人三木学園白陵中学校
三年 佐田恭子
今年の夏、父が急に思い立って、一泊で京都の山奥に出かけることになった。
出発の前夜、さあ明日の朝は早起きしてね、と言った母がとたんに叫んだ。
「きゃ〜!ゴミ収集日は明後日だわ。旅行から帰った晩じゃゴミが出せないわ。どうして今夜、煮魚なんかしたのかしら〜。」
確かに、その夜の晩ご飯には、買い物に行きたくない母が、冷凍してあったカレイを煮付けて美味しく食べた。私は、ただ美味しいと思って食べただけだったが、確かに魚は廃棄率が高い。母が言うには、主婦は普通、ゴミ収集日を考えて食事を作るのだと言う。特に真夏の猛暑日が続く今時分は、生ゴミは腐りやすく、当然ニオイも半端ではない。生憎、我が家には生ゴミを埋める畑もなく、コンポートもない。結局母はそれを、ゴミ袋に何重にも入れてくくり、屋外にあるゴミバケツに入れ、反省しきりで旅行に出かけた。
私が住んでいる地域では、毎週水曜日と土曜日が「燃えるゴミ」の収集日である。決められた場所と時間内に出さなければいけない。各曜日の前夜には、母が捨てるものはないかと家族に言いながら、できる限りゴミを小さくまとめている。
さて、ゴミ収集日が週に一回だったらどうだろうかと考えてみた。ましてや月に一度だとしたら…。各家庭はその間の家庭のゴミを自宅で保管しておかなければならない。当然その中には生ゴミもあり、家庭によっては赤ちゃんなどの紙オムツもあるだろう。猛暑日が続く真夏には、町の至る所で腐敗臭が漂うに違いない。家に置いていてはかなわない、と不法投棄がはびこるやもしれない。しかし、現実町なかでそんな臭いを嗅がずにいられるのは、キチンと週に二度、ゴミ収集が行われているからだ。
このゴミ収集は毎回有料ではない。地域住民が支払っている税金で賄われているのだ。人々が各々に見合った税金を納め、自治体がそれを基に健全に運営し、成り立っているからだ。焼却炉の建設および稼働、収集に携わる職員さんなどの人件費も税金によるものだ。
私は、市政は滞りなく行われてしかるべきものだと漠然と思っていた。しかしながら、昨今、夕張市が財政破綻しただの、どこそこも危ないなどと報道を見聞きすると、街灯が明るく灯り、道路がデコボコせず、大好きな図書館がなくならないのも、実はとてもありがたいことなのだ。
自治体の運営も、税収がなければ国からの補助金のみでは到底賄えない。税収を増やすためには地域がより活性化する必要がある。企業が人材を欲し、人口が増え、ニートやフリーターの減少が税収増加に直結するだろう。福利厚生が手厚い街は、とても元気だ。
まだ納税者ではない私は、有限な財源を無駄遣いせず、街の活性化に役立つ生活をしたい。母の失敗からそんなことを考えた夏であった。
税金のありがたさ
生駒市立大瀬中学校
一年 下野愛樹
先日、父と母が何か言い争いをしていた。いつになく父が熱弁を繰り広げ、対する母は相手の話が終わらぬうちにきりかえす始末。どうもその発端は、税制改革の実現をめざして突然急浮上してきた「ふるさと納税」からきているらしいのだ。父はあくまでも、現在生活し、さまざまなサービスを受けている地方自治体に納税すべきであり、税収格差の解決にはならないとの意見。私もテレビなどで耳にはしていたので、おおまかには理解していたつもりだが、税金を納めるのは先のことでいまひとつピンとこない。この話題となった「ふるさと納税」とは、所得税の一部を個人が育ったふるさとに納税するという新税制度で、実現されれば大都市と地方の税収格差を是正することになるらしいのだが、果たしてそんなにうまくいくのだろうか。ここでいう「ふるさと」は義務教育をすごした都道府県であり、複数ある場合は期間の長い二か所で分割するそうだ。しかし、将来の自分を考えたときふるさとがあるからこそ、今の自分があるのだと思うほど自分に大きな影響を与えているだろう。賛成派の母がそうであるように、ことあるごとにその大切な時間を懐かしむ時が来るだろう。そうなればこの恩返しの意味でも税金の納税に賛成したくもなるかもしれない。
日本は昔も今も、これから先も大都市に仕事を求める人が増え続ける。そしてますます地方は過疎化が進み、人口が減るだろう。そして、そうなれば必然的に納税者の多い都市にばかり税収が集中する。税収によって地方自治体は私たちの暮らしを支えてくれているのだ。その考えからは悪循環というしかない。少子高齢化社会で納税者も減り、もっと悪化していくだろう。しかし、ここで考えなければならないのは、「ふるさと納税」だけでそれが解決できるかである。税金の使い道なども知らずに、負担感ばかりが強くなってはいないだろうか。なかには不正に税金を納めようとしない人もいる。実際、税金にどれだけ一人一人の生活が助けられているかなんて考える人もいないのではないか。身の周りを見まわしてみると、確かに税金の無駄使いと言わざるをえないものもあるが、近年、各地で不幸にも災害にあった人々が、税金によって救われたという現実を目の当たりにし、私自身税金のありがたさと、大切さを改めて考えさせられた。
税金だけでなく、人と人は支え合い生活しているということを忘れないで生きていきたい。選挙前のただ単なる参議院選対策で終わってしまったような、「ふるさと納税」騒動だが、その前に私たち国民がもっともっと税金の有効な使い道を考える必要があると思う。
                       
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