芦屋東灘納税貯蓄組合連合会
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41回「税の作文」優秀作品 

 
  財団法人日本税務協会会長賞入選作品
   
幸せにつながる税金
葛飾区立本田中学校
三年 園田沙友里
「今月からこんなに住民税が上がっちゃったのね。」「そうなんだよ。全く。」と両親が困惑気味に話していました。以前からも私は、税金が高いということをよく耳にしていたので、税金は生活を脅かすものだと思っていました。それに幼い頃、百円ショップが大好きだった私は、商品を百円玉一つで買えなくなってしまったことにショックを覚えました。それからずっと、物を買うたびについてくる消費税に厄介なイメージを持っていました。
私はいつも、綺麗に整備された通学路を通って学校へ行き、教科書を開け授業を受けます。ある日、社会科で税についての授業がありました。それからです。私の税金に対する意識が大きく変わったのは。私達が納めた税金は、全て私達の幸せという形で還ってくることを知ったからです。
以前、私の祖母が脊柱管狭窄症という腰の病気の為、手術をして一週間入院しました。どの位の入院費用がかかるのかと心配していましたが、「老人医療補助金」のおかげで、一割の自己負担で済み大変助かったそうです。また、先日私は病院で診察を受け、薬をもらったのにも関わらず、医療費はかかりませんでした。[飾区は、中学生までの医療費の自己負担分を助成してくれ、私達の健康や安全を支援してくれているからです。これらの制度は、全て国民の税金から成り立っていると知りました。税は、子供やお年寄り、病気の人々を助けてくれているのです。
さらに周りを見渡してみると、様々な所に税金が役立てられています。歩きやすく綺麗な道路、設備の整った学校、毎年配られる新しい教科書など、私達が日々当たり前のように過ごしている毎日は、全て税金からの恩恵だったのです。その他にも、私達中学生の為に賄われている年間約百三十万円もの公費負担など、数えあげたらきりがありません。
もし税金がなかったらどうでしょう。町は荒れ果て、学校は閉鎖になり、私達は教育を受けられなくなります。病気や障害を持った人は、適切な医療を受けられません。今回の新潟県中越沖地震のような災害時にも対応が出来なくなります。このように人々を不幸にしてしまうのではないでしょうか。
国は、最近発覚した年金の記入漏れのようなずさんな管理を改め、公金横領など言語道断、税金の無駄使いをやめて、国民の納めた税金を大切に使ってほしいと思います。そして、スウェーデンのような福祉大国を目指してほしいと強く希望します。
一人一人の小さな力が、国を創る大きな力となります。税金は、政府開発援助(ODA)にも使われ世界中を救っています。幸せの溢れる輝く未来創りに私達は参加しているのです。税は、私達の幸せにつながっていると言えます。私も将来、税という幸せの会費を進んで納められる大人になりたいです。
私の選択
群馬大学教育学部附属中学校
三年 八木佑弥
先日、新聞に「市民税を納めない人が多いので、市役所の幹部の人が日曜日に納めない人の家を訪問している」という記事が載っていました。私は、どうしてそんなに納めない人が多いのかなと思いました。税金を納めても、買物をしたときのように物が手元に来ないからなのでしょうか。そんなことはありません。税金はいろいろな形になってすべての人がどこかでお世話になっているのです。
私の祖父は、一昨年、ガンで亡くなりました。亡くなるまでは手術をしたり、何日も病院に入院したりしていました。病院で祖父が祖母に、「ガンの手術は大変お金がかかるけれど、年をとると、医療費を税金で補填してくれるのでありがたい。若くて健康なときは税金だけ取られていた気がしたけれど、今は助かるなあ。」と言っていました。
祖父は病院でガンと診断される前までは良く働き、お金に余裕があったわけではないけれど、納税の通知が届くと期限がまだあってもすぐに納めないと気が済まない性格だったと祖母が話していました。元気なときに頑張って納めた税金が、医療費となって祖父に帰ってきたのです。そんな祖父を私は尊敬します。祖父が亡くなった今も、祖母がときどき病気で病院へ行きますが、医療費はほとんど無料です。それは、税金が使われているからです。また、祖父の入院していた病院は市民病院で立派な建物と設備が整っていました。そして、近くには公園が整備され、とても環境の良い所でした。これらも、すべて税金で作られているのです。
今、日本は少子高齢化が進んでいます。老人が増えれば病気で入院する人も増えて、医療費がかさみます。そのためにだれかが納税という負担をしなければなりません。
私は、いままで消費税を払ったとき何か損をしたような気がしましたが、税金がいろいろなことに使われていることを知り、税は人を助け、そしていつかは、自分のためになるのだと思いました。
最近、新聞やテレビで、特別減税がなくなり、税負担が増えたとか、消費税が上がるのではないかなどというニュースが報じられています。私たちが豊かで安心した暮らしをするために必要な税金であれば納めることはやむを得ないと思います。もちろん、無駄遣いをしては困ります。
社会生活の会費とも言うべき納税という負担を少なくし、私たちの福祉や身の回りの設備などを減らすか、それとも豊かで安心した暮らしのために納税という負担を増やすか、私は後者を選択します。そして、期限までにかならず納税していた祖父の精神を、受け継ぎたいと思います。
安心できる暮らし
近江八幡市立八幡東中学校
三年 熊谷有紀
「おばあちゃんの様子がおかしい!」母が受話機を置きながら言いました。家族はみんな驚きました。私の父方の祖母は東京で一人で暮しています。一人暮らしが心配なこともあり、普段から電話でよく連絡を取り合っています。それが、ここしばらくの間かかってきていないので、こちらから何度もかけているのですが、全く電話に出ないのです。父は滋賀から都内の親戚に電話をかけて、祖母の家の様子を見に行ってもらいました。結果、心配が的中。祖母は意識がない状態で倒れていたそうです。すぐに救急車を呼んでもらい、病院へ搬送されました。祖母は風邪をこじらせて肺炎になっていたのです。救急車が至急搬送してくれたおかげで祖母は助かりました。都会だけでなく、私の身近でも一日中ピーポーピーポーという音を聞かない日は無いくらいよく救急車を見かけます。税金はこのような場面で役立っています。
元気になった祖母は、家からバス停まで近い為、病院に通う時や、買い物に行く時など、よくバスを利用しています。
昔、私が祖母の家に遊びに行った時、一緒にバスで出かけることになりました。下車する時、私は料金箱にお金を入れましたが祖母はバスの運転手さんにカードケースに入ったパスを提示しただけでした。私は不思議に思い、尋ねてみました。東京都は高齢者に都内どこでも無料でバス、一部の地下鉄を利用することができるパスを発行しているそうです。祖母はどこへ行くのにもそのパスを携帯しています。そのパスのおかげで高齢者も安心して交通機関を利用できるのです。ここでも税金が利用されています。
救急車にしてもこの無料パスにしても、全てみんなが税金を納めているおかげなのです。私は、もし救急車や消防車を呼ぶのに多額の費用が必要だったら…と考えてみました。急に具合が悪くなった時、貧しくて救急車を呼ぶことができなかったら、もしかしたら手遅れになってしまうかもしれません。家が火事で燃えている時、もしお金がなかったら家が燃え尽きるのを待つしかありません。それでは人々の安全は保障されず、不安でいっぱいな毎日を過ごさなければなりません。
普段、百円の物を買っても百五円払わなければいけないなんて何となく損した気分で嫌だったけれど、税金は私達国民がよりよい暮らし、安心できる暮らしをおくることができる為に、あるものだということを実感しました。
私は、大人の方達が一生懸命働いて、真面目に納めた税金が、国民にとって安心して暮らせる社会になる手助けをしているのだと思います。今はまだ、限られた地域だけのサービスもたくさんありますが、将来全国どこでもみんなが受けられるように私達も大人になったらしっかり税金を納めたいと思います。
「一人前の大人」になるために
札幌市立手稲西中学校
三年 三上明日美
私は日本が好きです。他国と戦争もなく、憎しみ合うこともありません。また、大きな貧富の差もなく、全ての子供が学校にも通えます。他にも良いところをあげたならきりがありません。この国は、「良い国」なのだと私は思います。しかし、それは、日本国民の義務と権利の均衡が保たれてこそのものであり、税金の未納者が増え、その均衡が崩れかけている今、日本はこれからも「良い国」であり続けられるのでしょうか。
私は幼いころからずっと、母に税金についてこう言い聞かされてきました。「この国で一番立派な人は、税金をきちんと納めている人よ。税金は国やみんなのために使われるから、その人は人様の役に立つことをしていることになるのよ。だから、将来明日美がどんな仕事についても、税金を必ず納めて、社会の役に立てる大人になってね。」
私はこのことを、本当に小さいころから、いつものように聞かされていたので、私は、税金を納めるということは、「一人前の大人」であることの証しだと思うようになりました。
それでは、「一人前の大人」とは何でしょうか。成人式を迎えたら、自然となれるものなのでしょうか。たしかに、二十歳を過ぎたら選挙権が与えられたり、色々な責任が前よりも重くなったりと、子供から大人へ大きく変わります。しかし、それだけではまだ、「一人前の大人」とは、言えないのではないかと私は思います。なぜなら、「一人前の大人」とは国民の義務の一つである、納税の義務をはたし、社会に貢献できるようになってから、なれるものだと思うからです。
日本人は皆等しく、税金に助けられています。例えば、教科書や学校の教育費を国が負担してくれたり、道路や下水道などの整備にも税金が使われています。また、国民が安心して生活できるように、医療、年金、福祉などの公的サービスにも使われています。皆が税金として、少しずつ出し合ったお金が日本国民全員を助け、生活を豊かにしてくれるのです。なんてすばらしい制度でしょうか。
しかし、この制度は一人でも守らない者がいると、すぐに理不尽な制度へと変わってしまいます。つまり、税金をきちんと納める人が損をして、納めない人が得をするようになってしまうのです。
現在、税金の未納者が増えているのは、このことからおこる「人の気持ち」が、悪循環をおこしていることが原因でしょう。ですが、この悪循環を断ち切るのも「人の気持ち」です。一人一人が税と向き合い、考え直してみることが、今の日本には必要だと思います。
私はこの作文を通じ、税と向き合うことができました。だから、将来は納税の義務をきちんとはたし、社会に貢献できる「一人前の大人」になり、日本を支えていきたいです。
明るい未来へ
酒田市立第四中学校
三年 佐藤容
「ここの松林、ちゃんと整備されたらすごくきれいになったね。」
松林の近くを車で走っていると、母がこんなことを言った。目をやると、少し前までは枯れた木や倒れた木がそのままになっていて暗い雰囲気だった松林が、きちんと整えられていた。確かに木々は生き生きとして、とてもきれいに見えた。
「ほんとだ。前はあんなに暗かったのに、明るくなってる。誰がやってくれたのかな。」
なにげなく聞いてみると、こんな答えがかえってきた。
「さあ。国とか県とかが税金使ってやってくれたんじゃない。」
それを聞いて少し驚いた。そんなところにも税金が使われていたなんて知らなかった。
私は最近まで、「税金」という言葉は知っていても、それは自分にはほとんど関わりのないものだと思っていた。でも私の周りには税金を使って作られたものがたくさんある。例えば、私達が毎日通っている学校。この学校があるからこそ、私達は日々たくさんのことを学び、たくさんの仲間と生活できる。そして、その学校へ行くために必要な道路や橋も税金でできている。税金というものは、私達の生活をより便利に、豊かにしていくうえでなくてはならないものなのだと思う。
中学生の中には、「税金」は大人になってから納めるものだと思っている人が多くいるだろう。だけど、私達中学生もちゃんと税を納めている。それは買い物をした時にかかる消費税だ。消費税は間接税といって直接納めているわけではないけれど、よりよい生活のために税を納めていることに変わりはないのだと思う。私は時々、消費税なんてなければいいのにと思うことがあったけれど、自分の周りの税金が関係しているものを考えてみると、消費税への考えも少し変わった。
私にはまだ、税金についての知識はほとんどない。私が直接税を払うそう遠くはない未来のためにも、もっとしっかり勉強していかなければいけないと思う。税金というのは、私達の生活をより便利で豊かにそして、安全にするためになくてはならないものだ。税金を納めることによって、みんなと協力していい生活をつくっていくということになるのではないだろうか。時々税金の使いかたなどが問題になっているけれど、税金はみんなの幸せのために使うべきものだ。そんな税金の使いかたの未来の明暗は、私達子どもにかかっていると言っても過言ではないだろう。明るい未来にするために、まず知ることからはじめよう。
私と税金
大府市立大府北中学校
一年 北村春香
私は今まで税金について考えたことはありませんでした。でもよく考えてみると、私は今までの間に、とても税金のお世話になっていました。
私はゼロ才の時に「若年性関節リウマチ」という大変めずらしい子供のこう原病にかかりました。一年間は名古屋の病院で入院して、もう一年は東京の病院で入院していました。この病気は血液検査がとても大事で、一週間に三回、多い時には毎日やった事もあります。薬もたくさん使っていたので、医療費はすごく高かったと思います。でもこの病気は、愛知県の難病指定を受けていたので、治療費は全て無料でした。もちろん部屋代などは払いましたが本当に助かったそうです。
そのころはまだ、この病気についての情報はなく、母は愛知県医師会の難病相談室に何度も通ったそうです。そこで小児リウマチの専門医のいる東京の病院を見つけることができました。そして私は病院を変わり、専門的な治療を受けることができました。
その後数年たって、大府に「あいち小児保健医療総合センター」が建設される事になりました。とても立派な病院なのに、小児リウマチの外来ができる予定はありませんでした。そのころはまだ、中部地方に小児リウマチを専門にしている先生がいなかったので、私と同じ病気で重かった人は、東京か横浜の病院に新幹線で通っていました。それで私の母や同じ病気の子供をもつお母さんたちが集まって、大府の県会議員さんに「ぜひ小児リウマチ外来をつくってほしい」とお願いしたそうです。そして議員さんの働きかけによって、小児リウマチ外来が実現しました。
私は七才の時に薬をやめることができて、その後の通院は自己負担になりました。やはり検査などを受けると五千円くらいになってしまうので大変ですが、今までずっとその分を負担してきてもらったかと思うと、とてもありがたいと思います。
そして、今年の十月から大府市に住んでいる人は、中学生まで医療費が全員無料になる事になりました。私もまだあと二年ほど、その医療券を使うことができます。かぜをひいたり、病気にならないのが一番ですが、母はとてもありがたいと喜んでいます。こんなにいい制度は大府市だけでなく、全国に広がればもっとたくさんの人が助かると思います。
私が買い物をした時に払う消費税が、そういう事に使われているかと思うと少しうれしくなりました。これからは、自分が助けてもらった分、少しでも多くの人の役に立てるとうれしいと思います。
私への課題
魚津市立東部中学校
二年 大沢ひかり
私の家は酪農をしています。毎年一月も終わりが近づくと「そろそろやね。」「そろそろだね。」とそんな言葉が家の中で聞こえてきます。私は何の合言葉かなと思いました。
とても気になったので、父の様子をうかがっていると父は部屋じゅうに紙を広げていました。その紙には〈請求書〉〈領収書〉などの文字がありました。父と母は、それを見ながらパソコンにうちこんだり計算したりを二週間ぐらいして、その後なにかの書類に数字を書きこんで、どこかへ出しに行きました。
私は、つかれきった親を見て
「そんなに一生懸命に何してたの?」
と聞いたことがありました。すると、
「税務署に行って、税金の申告してきたん。今年は昨年ほどもうかってないから、昨年より税金安いわ。」
という返事が返ってきました。
詳しく聞いてみると、昨年一年間で牛乳やたい肥を売った収入金額から、エサ代や修理代など費用になるものをひいて、残った金額がその年の農業所得となり、その金額の大きさによって納める税金の大きさも違うそうです。その他にも消費税を納めるそうです。
私は、税金は税務署の人が、どの家も同じだけとっているのだと思っていました。でも、実際には自分達で計算して申告し、それぞれの家で税金の額が違うこともわかりました。そして、税務署の人がお金をとっていくわけでなく、税金を納める窓口であり、税金をあずかっている機関だということもわかりました。
その納められた税金が私達が今使っている教科書や先生の給料などの教育費として一人あたり九十四万三千円、弟は小学生なので八十三万九千円、二人あわせて百七十八万二千円もの税金でまかなっている事を知りました。私と弟だけでもこんなに使われているのに、その他にも、ゴミ処理費用や、医療費、警察・消防費などにもたくさんの税金が使われています。改めて数字をみると、とても驚きます。
はたして父や母が、納めている税金だけでまかなえるのでしょうか。お店で買い物をしたときなど、消費税を払っています。しかし、少ない消費税を払ったところで、とうてい、使っている税金には、おいつきません。
今、私が考えてやらなくてはならないことは、父や母、そして大人の方々が、汗を流して働いて納めてくださった税金に感謝する事、そしてゴミ処理などにかかる費用を少しでも減らすように努力する事だと思いました。
私達が生活する中で、税金はいろんな事に役立っています。工夫次第では、使い方も違ってくるのではないでしょうか。
税金の大切さをもっと知り、税への関心を高め、日々の生活していくことが、『私への課題』だと思いました。
国の優しさ
宇部市立厚東中学校
二年 水田悠介
僕は十四年前の五月、三つ子で産まれた。僕が一番最初に産まれたので、あとの二人と一分づつしか違わないけれど、一応僕が長男で、あと弟と妹がいる。普通、赤ちゃんは四十週で産まれてくるが、三人一緒だったので、とても四十週までは無理で、三十四週目に帝王切開で産まれたのだ。
出産当日、母は僕たち三人に会える喜びでウキウキしていたらしいが、手術室に入るなり、「これは大変だ。」と改めて恐くなったと言う。なぜなら、生まれて来る僕たち一人ずつに産婦人科の先生と小児科の先生と看護師が二人付き、総勢二十人以上の医師と看護師が準備を進めていたからだ。すでに未熟児として産まれてくることが分かっていたので、医療スタッフは万全の体制でのぞんでいてくれたのだった。
なんとか、三人共元気で無事に生まれたのを見届けた後、これから先の体力も気力も、そしてきっとかかるだろう多大な医療費を少しづつ覚悟していったと母は言う。
しかし、数日後、看護師さんから教えていただいて、「未熟児の養育医療」として、公費を受けられることが分かった。これは、体重が二千グラム以下で生まれてきた子に対して、保育器や酸素吸入装置、その他、出生時の未熟児医療に必要な器具の補助がある制度だ。僕は二千百五十六グラムで生まれたが、弟は千九百グラム、妹は千三百グラムで生まれた。そこで、二人は公費を受けることができた。公費は国が負担してくれるということ、つまり、税金で成り立っている。僕たちは生まれてすぐに税金にお世話になったことになる。母は「日本中のみんなに育ててもらってるんだ。」という思いから、いつも心の中で「ありがとう。」と感謝し続けたという。僕たちを救うために税金で医療費を負担してくれたことを知って、僕は、びっくりした。買い物をするたびに消費税を「取られる」という感覚で払っていたからだ。火事がおこると消防車、病人やけが人が出れば救急車がすぐにかけつけてくれることも、ゴミ収集車が定期的にゴミを回収してくれることも当たり前のように思っていたことを。社会の中でみんながより快適に暮らすために税金がどんなに役立てられているか、自分がその税金にいかにお世話になっているかを考えてみたことがなかった。
僕は将来働くようになったら、今まで自分を支えてもらった分、今度は僕が一生懸命働いてきちんと税を納めたいと思う。そして、生まれたての赤ちゃんからお年寄りまで適切な医療が受けられるよう、そして、みんなが安心して暮らせる社会であってほしい。すべての人が快適に生活できる社会であるように、みんなで税金がムダに使われないようお互いが自覚しながら生きていきたいと思う。
豊かな暮らしのために
宇多津町立宇多津中学校
一年 藤原ゆりか
私の通学路に、大束川という川があります。その土手に、最近花が植えられるようになりました。その花は、町民の税金によって植えられたもので、毎日そこを通って学校に通っている私にとっては、とてもなじみ深く、心を豊かにしてくれるものです。ところが、この花を、自分も税金を払っているのだからと言って、自分の物のように考えている人がいるということをある先生から聞いて、おどろきました。大束川の土手を歩いていた母親が
「きれいな花があるね。持って帰ろうか。」と子どもに言って、花をつんで帰ろうとしていたそうです。その場にいた先生が呼び止め、注意すると、その母親が、「私だってこの花にお金を払っているのだから、もらっても別にいいじゃないの。」と言ったそうです。これはおかしい、とすぐ私は思いました。理由は二つあります。一つは、花はこの母親だけが、お金を払っているわけではなく、大勢の町民の人たちの税金で植えられたものだと思うからです。二つ目は、その花は、もともと川を美しくするために植えられたものであって、この母親一人のためのものではないはずだからです。
私は、この大束川の花の話をきっかけに、税金について、自分の身近なところから調べてみることにしました。学校で使っている教科書は無料です。それは、国の税金が使われているからでした。私の学校では、体育館が新しくできました。五、六億円もかかったそうです。その費用は、国や町の税金が使われているそうです。私は税金のおかげで勉強やスポーツができているんだなと、改めて思いました。両親は、毎月町に住民税を納め、毎年車の税金を県に納めていると言っていました。そのような税金が私達の教育のために使われているということが分かりました。これからは教科書や学校の施設を大切に使わないといけないと両親にも、町民の方々にも申し訳ないのだと思いました。税金の使われ方も調べてみると教育の他に道路の建設や整備、下水道や公園の整備、ごみの収集、火災から守るため、人々の安全を守るため、等に使われていました。結局は人々が納めた税金は、人々の生活を豊かにするために使われているのです。だから税金は、私達の生活を支えるためにみんなで負担する会費のようなものだといえるのではないでしょうか。
人々は税金を出し合うことで、お互い協力し合い助け合って、豊かなくらしを送っているのだと思います。このことを、あの大束川の母親に言いたいです。子どもに「花を持って帰ってもいいんじゃない。」なんて教えないでほしいです。私はまだ中学生で消費税くらいしか税金を納めていませんが、大人になったら、自分の義務として、人々が明るくくらしやすい社会にすることを考えながらしっかり税金を納めていきたいです。
税は国境を越えて
福岡市立日佐中学校
三年 永山一樹
「おい、何でこんなに残すんだ。食べる物が無くて死ぬ人が世界には毎日いることを考えたことがあるか。」
小学校の時、給食の残りを次々と残飯として捨てていく皆を見て、先生は言いました。
確かに、食事が十分に摂れず栄養失調で亡くなってしまう人が沢山います。彼らの未来や夢、希望は封じ込められているのです。どれ程辛いことでしょうか。誰一人このような死に方をさせてはいけません。一握りの米やパン、一錠の薬があれば助かる命です。
現在、地球上には一日一ドル以下で暮らしている人が十二億人、綺麗な水さえ満足に飲めない人が二十四億人もいます。つまり、地球上の総人口の半分以上もの人々が、人間らしい文化的な生活はおろか、生きる上での最低限の生活さえ送れていないのです。このあまりにひどい現実に、僕は胸が詰まりました。
蛇口をひねるだけで綺麗な水があふれ出る、緑の公園で憩い、友達と学校で楽しく学ぶ、火事の時にはすぐ消防隊が駆けつけ、警察官が治安を守ってくれる。こうした、日常の当たり前になってしまった穏やかで平和な僕達の生活は、世界の視点から見るととても幸せであり、又まれなものなのだと、改めて気付かされました。そして、それらはすべて税制度によって整えられ、支えられているものなのです。つまり、僕達の生活は、税によって潤いと安心を与えられているのです。何とか世界の苦しんでいる人々に、この税を利用して、僕達とおなじように平穏な生活をもたらすことはできないものでしょうか。
現在日本は、国民一人あたり九十ドルの経済協力をしています。しかし、さらに、三十ドル増やし、百二十ドルにすれば、世界中の恵まれない人達全員に、一回分の食事を与えられるのです。その他、水道や道路の準備、学校や病院の建設など、生活に欠かせない、税を利用した様々な支援が考えられます。世界中の人々は幸せになるために生まれ、それを支えるのが税であると、僕は信じています。
さらに、最近では、地球環境を守るため、「環境税」の導入も検討されます。地球に住む全ての生き物のためにも、税が役立つ時代がやってきています。「環境税」は環境破壊に対する人類の反省であり、地球と僕達の明るい未来を築く礎であると考えます。
税の始まりは、「貧窮問答歌」に歌われているように、生活を侵す程の重税を民衆から奪い、一部の特権的な者だけのために使われるというものでした。後に税は、日本のため、国民のための税へとその姿を変えました。そして今、税は「世界のための税」、「地球のための税」に進化する時を迎えたのではないでしょうか。これからの税は国境を越え、世界に、そして地球に、笑顔と輝きを与えてくれることでしょう。
働く大人たちに感謝
佐伯市立佐伯南中学校
二年 三股穂波
毎年二月になると、母が祖母の家に出かけることが多くなります。何をしに行っているのか聞くと、「確定申告の準備」だと話してくれました。
祖母は、仕事を定年した後も畑でお茶や野菜を作って収入を得ているために、確定申告が必要なのだと話してくれました。
でも会社に勤めているわけではないので、収入の中から、野菜の種代金などの必要経費を引かなくてはなりません。その計算をするために、母が祖母の家に通うのです。母に言わせれば、税金=取られるのイメージの方が強く、「大農家でもないのに」と言いますが祖母は「頑張った証」とにこっと笑って答えてくれました。
私は母に税金の使い道について聞いてみました。そうしたら母は、一番身近な例として私たちが学校で使っている教科書や、学校の建物が税金から支払われている事を話してくれました。中学校までは、義務教育なので小学生の妹が使っている国語や算数の教科書なども税金で支払われているのだと話してくれました。
私は中学校では吹奏楽部に入っています。部内にはたくさんの高価な楽器があります。チューバやホルン、トランペットなどです。それらもすべて税金で支払われているのです。
また、私は姉や妹と一緒に、佐伯少年少女合唱団に小学二年生から入団しています。
練習場所は、佐伯文化会館です。毎週土曜日の午後から練習があります。もちろん会費はありますが、練習会場の費用はほとんどが市の補助、つまり税金で支払われているのです。発表会などの行事の時は、団員の父兄の役員のほかに市の教育委員会の方が、手伝いに来てくれているそうです。
私たち子供は、いろいろな形で税金に助けられ、育てられているのだということを知りました。
今年の夏は、とても暑かったです。でも父たちは仕事に出かけて行きます。私は、そんな父を誇らしく思います。私たち家族を養うために働き得た収入の中から私たち子供が恩恵を受ける税金を払っているのです。
夏は暑い、冬は寒いと文句ばかり言って朝起きるのが苦手な私ですが、明日からは、自分を見直したいと思います。
母が時々、「あなたたち子供の仕事は、ちゃんと学校に行くこと。」と言います。
大人が働いて納めた税金が無駄にならないように、頑張って勉強や部活をしたいと思います。
命をつなぐ音
久米島町立仲里中学校
三年 比嘉航治
ぼくは、今まで税金というものが、どうやって作られ、使われているのか、ほとんど知らなかったし、知ろうともしなかった。でも、税について勉強してみると意外と身近にあるのだと分かった。ぼくが住んでいる沖縄県の離島この久米島では、税金というものがどのように使われているのか考えてみたいと思いました。そこで母に聞くと、ぼくが幼い頃は島に病院がなく、診療所があるだけで、眼科・耳鼻科等専門的な科になると本島まで行かなければならず、入院になると大変だったと聞かされました。数年前に島にも町立の病院ができ、本島等からも専門のお医者さんが、定期的に来られ、島で受診して治療ができるようになったので、母も経済的にとても助かると喜んでいました。この病院は、皆が納める税金で造られたのだと知りました。またそれによって島の人達は、安心して生活していけるようになったのだとわかりました。でも、島の病院で、対応できない時は、ヘリコプターで、本島まで運ばれる事になりました。特に静かな夜、真暗な空に赤い光を点めつさせながら、だんだん近づいてくるヘリコプターの低い音は、不気味な感じがしていました。それは、ぼくにとってそれほど気にする事がない日常の出来事でしたが、ぼくの祖父が二回、そして二年前に父がヘリコプターで本島の病院へ運ばれる事があってからは、とてもヘリコプターの音が、気になる音に変わってきました。二年前父は突然吐血し、輸血が必要になり、島の病院でできないという事で本島の方までヘリで運ばれました。小さい妹と二人、親せきの家で不安な気持ちで父と母の帰りを待っていました。ぼくと妹の気持ちが通じたのか、父は元気に戻ってくることができました。祖父も父も、この本島と島を結ぶヘリコプターがあったからこそ、命が助かって島に戻ってくる事ができたのだと思います。
このヘリコプターという大きな存在は、島に住む人にとっては、なくてはならない空飛ぶ救急車なのです。もし、このヘリコプターがなかったとすると、島で命に関わるような病気・事故があった時、治療ができず命を落とす事になるかもしれません。朝・昼・夜いつ聞こえるか分からないヘリコプターの音は島に住む人にとっては、命をつなぐ大切な音だと思っています。そしてこのヘリコプターも、税金でまかなわれているのだと知りました。ぼくは、ヘリコプターの音を聞くたびに、できるだけ多くの人達が元気になって笑顔でいられますようにと、願っています。自分にはあまり関係のない事だと思っていた税金が、家族の病気を通してこんなにも身近なところで使われ、島の人達が安心して暮らしていけるんだと思いました。ぼくが、大人になった時、人の命の為、家族の笑顔の為にほこりを持って、税金を納めていきたいと思います。
                       
  さくいん (学校名:50音順)  (氏名:50音順) へ戻る  
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