芦屋東灘納税貯蓄組合連合会
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41回「税の作文」優秀作品 

 
  全国納税貯蓄組合連合会会長賞入選作品
   
私達にできること
酒田市立飛鳥中学校
三年 河井里穂
なぜ消費税などあるのだろう。まだ私がランドセルを背負っていたころ、ふと頭に浮かんだ疑問だ。
「その税のおかげで、教科書とか買えんなんよ。」
母の答えに、小さいながらも税について考えたが、それ以上詳しくは聞かなかった。
中学三年生になった今、昔よりは税のことを知っているつもりだと感じていた。しかし、なぜ税金を納めなければならないのか、税金はどのように使われているか、など、完全に知っているわけではなかった。そんな中、私は、毎日のように公園の花の手入れをしているおばあちゃんを見かけるようになった。私は、そのことを祖母に言ってみた。すると、
「公園の花っていうのは、税金で植えてるようなものだしの。そんな事言ったら、おめっだの学校とかだって税金がねがったらなぐなんなんよ。」
と祖母は教えてくれた。施設のものや学校のものが税金で成り立っていることは、私も中学二年生のろに知ったことだった。でも、税金がなくなると学校もなくなってしまうという祖母の言葉に驚いてしまった。消費税のたったの五%が、公共物や学校のために使われている大切なものだと気付かされたのだ。また、私達があたりまえだと思っていた、市町村のゴミ処理や、警察・消防費なども税金で成り立っているということがわかった。公園の小さな小さな花の手入れをきちんとやりとげるあのおばあちゃんが、とても偉い人なのだということを感じた。
次の日、いつものように花の手入れをするおばあちゃんが目に入った。その小さく、かわいい花に私は触れ、ふと思った。「働いていない私達だからこそ、このような公共物や小さな花でさえ、大切にしていかなければいけないのではないか。」と。このおばあちゃんこそが、私達にとって本当のあたりまえを示してくれているのだなあと思った。
税金がなくなったら、一番困るのは私達である。だから、働ける人は、一生懸命税を納めているのだ。それなら、働いていない私達は何もしなくていいのか。そのようなことは決してないと思う。公共物を大切にしたり、教科書などを丁寧に使ったりと、簡単な様で大事なことがたくさんある。私達は、そんな簡単なことでさえ、できずにいることが多いのだ。その簡単なことが、あたりまえのようにできた時、改めて私達は社会の一員になることができるだろう。
私達が大人になったら、豊かな生活を送るため、一生懸命に税金を納めたいと思う。そう頑張れるよう、大人になるまで、今の私達にできることを私達なりに精一杯やっていっきたい。税金の重み、大切さを学びながら。
父の言葉に隠れたもの
三好町立三好丘中学校
三年 早川小百合
税という言葉は、私の中で、何処か堅苦しいイメージを持つ遠い存在でした。税金は誰がどのように納め、一体何処へ行くのでしょうか。それらを考えることさえ、私の意識とは離れたところにあったのです。
税金のことなんて殆ど気にかけずに生きてきた私も、今年の春で中学三年生になり、社会科では公民の授業が始まりました。日本国憲法の条文に目を通してみると、ふと、何処かで聞いたことのある言葉が目に留まりました。憲法第二十六条の、『すべての国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。』という言葉、そしてその後に続く第二十七条の『勤労の義務』、第
三十条の『納税の義務』、これらの三つの条文は、難しい言葉がずらりと並ぶ憲法の中で、何故か身近に感じられました。
私は公民の勉強を進めていく中で、それらが『国民の三大義務』であるということを学び、その言葉を聞いて父の話を思い出しました。
家族で食卓を囲むと、度々学校での出来事が話題になります。今日あの子が家族旅行で学校を休んでいたよ、なんていう言葉が私か妹の口から出れば、食卓の話題はたちまち家族旅行についてで持ち切りになります。行き先は何処がいいだろうか、何泊くらい滞在しようか、家族皆が思い思いの希望を出します。ただ、その流れで私か母か妹の誰かが『一日くらい学校を休んでもいいよね。』という言葉を発した途端、父は決まって、
「駄目。学校は義務教育だから。国民の三大義務を知ってるか?勤労と、納税と、教育。教育を受けさせるのは国民の義務なんだから学校を休んで旅行なんて駄目。」
と言うのです。父はわざとかしこまったように冗談めかして言いますが、確かに今まで一度も学校のある日に家族旅行へ連れて行ってくれたことはありません。
私は、父が何故そんなにも義務教育を大切にするのか不思議でたまりませんでした。他の子だって休んでいるのだからいいじゃないと思っていました。しかし、今は父の言葉の裏には別の意味もあったのでは、と思います。
義務教育は無償で受けることができると、公民の授業で学習しました。教科書のお金や授業料を支払わなくてよいのは、税金のおかげなのです。そして、その税金は日本のたくさんの人が納めてくれた大切なお金なのです。私は、父はそのお金を無駄にするな。税金を納めてくれたたくさんの人に感謝しなさい、と伝えたかったのでは、と思います。
勿論、税金は義務教育以外にも使われ、私たちの生活を豊かなものにしてくれています。私の知らないところでも、多くのお金が動いている筈です。中学生の私には、税金を納めることより、税金に助けられることの方が多くあります。私はその税金に、そしてそれを納めてくれた人に感謝しながら、より豊かな社会をつくる大人へと成長していきたいです。
「税の使い道」
蟹江町立蟹江北中学校
三年 井上靖之
僕が税金の作文を書くと言ったら父が、
「お父さんはこんなに払っているんだよ。」
と給料明細書を見せてくれました。所得税や地方税を合計すると、僕が考えていた以上に多い金額でした。僕が
「なんだか、もったいないね。」
と言うと、父は
「特に税金にお世話になったおまえが何を言っているんだ」
と言いました。「特に」ってどういうことだろう。義務教育は子供全員が受けるし、図書館や児童館などの施設だって、僕だけで使うわけじゃないのに…、変だなと思って尋ねると、父は僕の三才の頃について話をしてくれました。
僕は三才の頃、「血しょう板減少性紫斑症」という病気になって、中村第一赤十字病院に入院しなければならなくなったそうです。この病気は当時、完全には治療法が確定されておらず、入院期間も個人差があり、長期に及ぶ場合もあると説明され、両親は大変ショックを受けたそうです。しかし、同時に、この病気は特定疾患に認定されていて、治療費は国で負担してもらえるのだということの説明を受けたそうです。僕は一ヶ月半位で退院し、その後の数年に及ぶ検査通院も公費でお世話になったそうです。両親は経済的にも精神的にもすごく助かったと今でも感謝してるということを説明してくれました。僕が今、こんなに元気になり、健康で楽しい生活を送っているのは、皆が払った税金から医療費を負担してくれたおかげなのだということがわかりました。そして税金を払うのがもったいないと思っていた自分を恥かしく思いました。
税金が教育の為に教科書や、体育用具などに使われている事、公共施設や道路などの整備など、暮らしやすい環境を作る為に使われている事は今までよく知っていました。しかし、父の話を聞いて、人間にとって一番大切な健康や命の為にも税金は使われているということを知り、僕達が大人になっても、このすばらしい制度を守っていかなければならないと感じました。
これからの日本は、少子高齢化が進みます。子供や高齢者の生活を支える若い人の数が減れば、今までのような税の制度を維持できなくなるかもしれません。僕達は社会のしくみ、政治についてよく学び、皆が安心して健康で平和に暮らすことができるように、税金の集め方や使い方をしっかり考えていかなくてはならないと思います。
「税を通した愛」
東郷町立東郷中学校
二年 牛田葵
私は、一年生の総合学習の時間に「税がない世界」というテーマのビデオを見て、税の仕組みについて学習しました。納めた税金が、私達が社会生活を進めていく上で有効に使われているという事を知りました。それまで税金についてほとんど知らなかった私は、家へ帰宅してから夕食の時にその話をしました。すると消費税から所得税や住民税、自動車税やガソリン税に印紙税や相続税、贈与税など次々に税金の話になりました。その時、母に「我が家もその税金に助けられた事があるけれど、いつの事だか分かるかしら?」と聞かれましたが、そう言われても特に思いあたる節がありませんでした。私が答えられずにいると、父がにっこりと笑ったのです。
二年前、私の父は突然心臓がけいれんをおこし、心肺停止の状態で倒れてしまいました。父はその後、二ヵ月という長い期間の入院をしていました。あまりにも突然の出来事で、私の頭の中は真っ白でしたが、とにかく助かってほしいという思いが強かった事だけは覚えがあります。その後「ICD」という、心臓がけいれんをおこした時、自動的にそれを止める機械を体内にいれる手術を受けました。おかげで今は、以前のように元気に働き、何ら変わりなく生活をする事ができるようになりました。私も家族も今は落ち着いて、幸せに過ごしています。
父が「ICDは約五〇〇万円くらいの費用がかかっているんだ。その費用はどうしたと思う?」と尋ねました。そう言われれば、我が家は自営業なので、父が入院している間は収入がとだえていたはずです。母も「二ヵ月もの入院費用は結構高かったけれどどうしたと思う?」と聞いてきました。それまでそんな事を考えてもみなかった私は驚きました。
その後、両親が説明してくれた話で、ICDは「更正医療」という制度で、また入院費用は「高額療養費」という制度によって税金で補助されているという事を知りました。
この話を聞いて、私のこんな身近な所にも税金が使われていた事に気付くと共に、何も知らなかった自分を恥しく思いました。税金によって私の家族はとても助かったし、今でも感謝しています。
税金の大切さが身にしみて分かった私は、税金の使い道について何かできる事がないかと考えてみました。ひとまず今の私にできる事は「健康でいる事」ではないかと思います。健康でいるという事は、医療費抑制につながります。つまり節税をするという事と同じなのです。こんな事でも一人一人が意識して行動に移せば、社会は変わってくると思います。そしてその節税をした分で大きなケガや病気で本当に困っている人達を救う事ができれば、それこそが理想の税金の使い方になるのではと思います。
税は現在と未来をつなぐ架け橋
金沢市立兼六中学校
三年 山崎麻理香
毎日の新聞に目をやると「税」の文字がよく出てきます。特に選挙が近くなると「減税」が争点になったり、景気が悪くなると「法人課税や資産課税の見直し」など、税金の話題が新聞に載らない日はないように感じます。
家族との会話の中でも「固定資産税が上がったなあ。」とか「自動車税の納税通知書がきたわよ。」といった特定の税金が話題になります。これだけ話題になるのは、それだけ国民の生活に直結し重要だからだと思います。しかし、残念ながら中学生である私はこれまで「税金」を「身近」に感じることがありませんでした。
それは何故でしょうか。
「税金」が自分たちにとって「見えにくいお金」であるからだと思います、実際に「税金」を納めるのは両親ですし、教育や社会福祉や道路建設などに使われているといっても、自分たちがその金銭に直接触れ合うことがありません。唯一、身近に感じるとすれば買い物時に納める「消費税」です。
このような税金ですが、もし、税が無くなってしまったり、滞納する人が多くなったら、どうなるでしょう。
能登半島地震からの復興が遅れたり、道路は荒れ果て、救急車も減り、私達は学校に通うこともできなくなります。また、ガス水道も使えなくなり、ゴミは増えるばかり。これでは人は生活できません。税金は私達の快適で安全な生活にとって、かけがえのない大切なものなのです。しかし、税金は今の生活を支えるためだけに使われているのでしょうか。いいえ、税金は未来の社会を築くためにも使われているのです。
私の母は、大学在学中に国から奨学金を援助されました。大学などで勉強したくても経済的理由で困難な者に支給される支援金です。「奨学金のおかげで勉強を続けることができた。」と母は時折、その時の話をしてくれます。
そして、大学卒業時に、国から援助され、学業を続けられたことへの恩返しになるようにと、未来を担う若者を育てようと心に決め、教職の道を選びました。
母が教職についで二十二年。今までクラス担任やクラブ活動で教えた生徒は、およそ五千人になるといいます。母の教え子達が社会に巣立ち、今、新しい社会の基盤を築いているのです。
税金によって準備された奨学金のおかげで、母は大学を卒業することができ、そして、その母が、明日の日本や世界を支え担っていく人材を育てる。まさに税は、現在と未来の社会をつなぐ架け橋になっているのです。
私が大人になった時、今の自分が考えていたことを思い出して、国や自分達の未来のために一生懸命働いて、誇りと責任を持って税金を払えるようになりたいと思います。
支えあいの税金
総社市立昭和中学校
一年 小野美和
私の通学している昭和中学校は、去年の春から体育館を建て直していました。約一年半体育館のない状態が続きました。その間、体育の授業は運動場や狭い格技場を利用し、部活動もバスケット部やバレー部は、自転車で駅の近くの小学校の体育館まで行きました。大切な行事の卒業式や入学式は格技場、地域の一大行事である敬老会は、高梁川の向こう側になる別の小学校に変更されました。ハザードマップを見ると、体育館は、災害時の避難場所にも指定されていて、中学生だけでなく地域の幅広い人々が利用する施設だったのだということにも改めて気づきました。
待ちに待った体育館が七月にやっと完成し新聞にもその記事が載っていました。そこには、『バリアフリー整備充実』という大きな見出しとともに、事業費二億七千七百二十六万円と書かれていました。最初ピンときませんでした。
「へぇー、こんな大金どこから出てるの。」
「これは、みんなの税金からだよ。」
一緒に新聞記事を見ていた母との会話です。ふっと私は、別の考えがわいてきました。もしこのお金が税金ではなかったら誰が支払うのでしょう。例えば、体育館を使う人だけで全額負担するとしたらどうなるでしょう。
昭和地域には、約千五百世帯ありました。とりあえず単純に世帯数で負担するとしたら、約十八万五千円ずつになります。しかし、高齢者のみの世帯や一人暮らしの人も多いので全世帯が気軽に払える金額では、とてもありません。必要に応じて納める金額をその都度割り当てられたら大変生活がこまるでしょう。やはり税金というシステムは、こうしてちょっと考えただけでも、よくできているすばらしいシステムだと思いました。
この体育館の建て直しの件をきっかけに税について興味がわいてきました。どのようなところで使われているのか更に調べてみました。幼稚園・小学校・中学校などの教育施設は、もちろんのこと公園・図書館・市役所・公民館・浄水場・下水場など多くの公共施設がありました。その上、施設の維持管理費やそこで働く人たちの人件費も税金でした。火事の消火活動をしてくれるのも税金ならば、救急車でかけつけてくれるのも税金、国民の治安を守ってくれる警察の仕事も税金でした。
私たちの安心で安全な豊かな生活は、国民みんなで納めた税金で支えあっていました。しかも今や身近な所だけでなく、国内はもちろん海外の支援も行なわれていました。税金は、私が思っていた以上に幅広く計画的に使われていて驚くことばかりでした。
私は、消費税という形で買い物をした時だけしか納税していませんが、みんなで支えあうという仕組みの税金についてこれからも興味や関心を持ってもう少し詳しく知っていきたいと思っています。
芽が出て、ふくらんで
さぬき市立志度中学校
三年 上村遥
平成十九年七月十六日、震度六の、大きな地震が新潟県を中心にした地域を襲った。新潟県中越沖地震である。人々は、今なお、避難所生活や、仮設住宅暮らしで不自由な生活を余儀なくされている。近年、日本の各地が地震の被害を受けている。いつ起きるか分からない地震は、本当に怖い。もし、授業中に地震に襲われたら学校は大丈夫だろうか。そんな事を考えていた矢先、新聞に次のような記事が掲載されていた。「〇八年度予算の概算要求で、五年で学校耐震化、七万棟の部分改修のため、整備費を本年度当初(千百億円)の二倍に増やす」と、いうものであった。国の予算という事は、すなわち、みんなが納めた税金から捻出されるという事だろう。地震に対する耐久力が弱いから補修するのは当たり前だと思っていたが、費用がどこから出されるのかまで考えたこともなかった。その費用をまかなう財源として、面識もないであろう人達が、私たちの学校の安全を守ってくれるために税金を納めてくれる。そんな事を考えていくと、自分をとりまくあらゆる所で、私達は皆が納めてくれた税金の恩恵を受けていることが見えてきた。図書館も道路も公園も、ごみの回収や医療の公費負担など毎日の生活を支えてくれるものばかりである。税金という言葉に、漠然となぜ、負担しなければならないのだろうとか、自分にはあまり関係のないように思っていた。一番身近な消費税も、食べ物を買うのにも税金を払うの?と、疑問を感じていた。だが、このように自分が知らず知らずのうちに税金に助けられている事に気付いて考え方が変わった。将来私が大人になって働き出せば、その時は税金を納めることになるだろう。今まで周りの人達に支えてきてもらった分、今度は自分が少しでも周りの人にお返しをする番である。社会は助け合い支え合って作るものだと思う。私たちが納める税金は、そんな社会を作る為の小さな種だと思う。やがて芽が出て自分が気付かない所でも花を咲かせ、誰かを喜ばせる実をつけるだろう。そして、自分も誰かが蒔いてくれた種のおかげで、毎日の生活に潤いを感じることが出来るだろう。今までの自分のように、納税を、嫌だなぁとか、面倒だなぁと、思っている人達もいるだろう。花が、種を蒔き、水をやり、肥料を与えて見事な花を咲かせるように、納税という手間暇をかけて、住み良い社会を自分自身で作ると考えてくれれば、そんな気持ちも変わってくると思う。また、納税されたものの使われ方にも関心を持ち、せっかく納めた税金が無駄に使われる事がないように、常に関心を持つことも大切だと思う。そうする事で、より必要とされる物事に税金が使われていくと思うからである。税金を理解し、納得すれば、納税義務という言葉から離れ、社会貢献に参加しているという自負が生まれ、誇りとなるだろう。
暮らしと税
三好市立東祖谷中学校
二年 谷口真美
「六時には帰ってくるからね」
そう言って母は、仕事に行った。しかし、六時を回っても帰ってこなかった。どうしたんだろう。何かあったんだろうかと不安になったが、忙しい母である。きっと仕事が大変なのだろうと思い、特に気にしなかった。
ようやく母が帰ってきたころには七時半近くなっていた。
「遅かったなあ。何があったん。」
何気なく聞いてみると、母は疲れた様子で
「国道がなぁ、崩れたんよ。」
人だけ通れる迂回路を歩いて帰ってきたそうだ。東祖谷は道の悪い所が多く、石の落ちてきそうな所や路肩が崩れそうな所がたくさんある。以前から崩れそうで危ないと言われていて、いつかはこんなこともあるだろうと思っていた。しかし、実際私の身近な所で自然災害が起こってみると驚きを隠せなかった。
崩れたのは中学校の近くの国道で、今も全面通行止めで人も車も通れない状態である。対岸から見てみると、えぐり取られているような大きな岩が痛々しかった。近所の建設業者の方に尋ねてみると、距離四十メートル、高さは二十メートルを超えるほどの大きな範囲で崩れているそうだ。あまりに大規模な崩れ方なので復旧のめどはたってないと言っていた。それを聞いて、母はすごく困っていた。仕事に行くにはその道を通らなければいけないからだ。母だけではなく、その道を通らなければ学校に来ることが出来ない友達もたくさんいる。迂回路もあるが対向車がバスなどの大型の車の場合、よけられないほど狭い道だ。道路が崩壊することで、こんなに多くの人が困るんだと肌で感じた。この道を元の通りにするにはたくさんのお金が必要なんだろうなと思い聞いてみると、建設業者の方は、「工法に応じて国や県から予算がでます。」と言っていた。税金はこんな所にも使われているんだとびっくりした。
私達はさまざまな税を負担している。住民税、所得税、たばこ税、酒税、色々あるが、やはり一番身近なのは消費税だ。たった五パーセントがたくさんの人の為になっている。
身の回りにある税金で出来ているものについて考えてみた。一番に頭に浮かんだのは私がよく行く図書館だった。読みたい本がたくさんあり最新刊も置いてある。今思えば私が本を好きになった理由は、図書館の豊富な種類の本と読みたい本を取り寄せてくれたり、探してくれたりする図書館の職員方の親切な対応かもしれない。税金で整備された図書館が本の魅力やおもしろさを教えてくれたのだ。
今回の国道崩壊で税金の大切さ、必要性を身をもって感じた。税金が有効に使われているからこそ、生活が便利で豊かになるのだと改めて思った。気づいてないところで私達を支えてくれているもの。それが税金だ。
義務教育と税金
学校法人八女学院中学校
三年 後藤あかり
私は昨年、念願叶ってエジプトへ行くことができた。遺跡の数々は本当にすばらしく、感動的だった。ツアーだったので、絨毯工場の見学とそこでの買い物も計画に入っていた。そこは「カーペットスクール」という名前だった。工場なのに、なぜ「スクール」なのかと思っていたら、子供達が働いているからだった。その絨毯は、とても細い糸を使って手で織っていくので、子供の指でないと、出来ないのだ。子供は五歳から中学生までいた。エジプトでは、小学校は義務教育だが、無料ではないので、人口の約一割くらいの子供はとても貧しく、学校に通えないのが現実だ。そこで働く子供達は、堅い木の椅子に座わり、一日中、ひたすら絨毯を織り続けるのだ。
見学していたら、試しに織ってみないかと言われたので、少しだけ織ってみた。すると「バクシーシ」と言って、手を差し出された。バクシーシ、というのは、イスラム教の考え方で、裕福な者が貧しい者を助けるということだ。きっと、少ない給料しかもらっていないのだろう。
絨毯工場を後にしてふと思った。私は、飛行機に乗って遠い国までやってきて、観光を楽しみ、良いホテルに泊まる│。それに比べて先ほどの子供達はどうだろう。学校にも行けず、来る日も来る日も、堅い椅子に座り、長い一日を過ごしている│。なんという差だろうか。学校に行けなかったら、将来、何か自分のしたい仕事が見つかっても、学力がないために実現できないかもしれない。貧しい生活から抜け出せずまた同じことの繰返しだ。
小学生のとき、税務署の人の話を聞いたことがある。そのときに、大金を使って、中学まで税金で誰もが学校に行かせてもらっているということを聞いて、ありがたいなと思った。今回、エジプトに行って、また改めて強く思った。
外国に行くと、日頃あまり考えないことに気づかされることがある。日本では、大人のホームレスは見かけるが、子供のホームレスはいない。また、カーペットスクールの子供のように、小・中学生で働く子供は目にしない。日本はとても良い国だと思う。どんなに貧しい家の子供でも、義務教育で、教育を受けられるし、警察も消防も生活を守ってくれるし、誰でも病気の治療を受けられるし、道路もきれいだ。私達が、こんなに幸せな環境で生きていけるのは、税金制度が整っているからだと思う。日本の税金制度に感謝したい。
納税の大切さ
北九州市立浅川中学校
三年 合志友里
私の祖母は自営業をしている。今年で八十歳になるが、終戦のときに朝鮮からの引き揚げを経験しており、気丈な祖母である。「ひとの世話になりたくない。ずっと働くからね」というのが口癖であった。夏休みに祖母の家に泊まりに行くと、書類をかかえて夜中までそろばんをはじいている姿を私は覚えている。
そんな祖母がトイレの段差につまづき転倒し、救急車で病院へ運ばれた。結果は大腿骨骨折という大変な怪我で整形外科に入院。骨折部からの出血で貧血も起こしていて、輸血された後、骨折部を金具で固定する手術を受けた。突然のけがで母もあわてて熊本まで看病に通っていた。
その翌月、初めての医療費の請求書がきた。大量の輸血や大きな手術、リハビリを受けたにもかかわらず、祖母の支払いは数万円で済んだそうだ。本当なら何十万円も病院に治療費として払わなければならなかった。後で母に聞くと、七十歳を超えているため「老人保健医療制度の高額医療費助成制度」というしくみが使われたそうだ。
調べてみると、七十歳以上の高齢者は、病気をしやすく、多くの人は収入が年金に限られているため、高齢者の経済的負担にならないように、入院中の医療費の支払いの限度額が設定されているそうだ。この制度のおかげで、祖母は高額な医療を受けたが、自分で払う医療費は軽くて済んでいる。
残りの大部分の医療費は、税金から成り立つ社会保障費から支払われているそうだ。つまり、本当は祖母が払うべき医療費のほとんどを税金から社会保障費として出してもらっているのだ。祖母自身も今日まで何十年も働い
て税金を納めてきた。その税金がこのようなけがをした人のための社会保障費として使われたかもしれない。そして今、祖母自身が怪我をして税金から援助を受けて、何の心配もなく治療を受けることができている。
このように、税とは、人間の一生の中で、勤労と納税をきちんと行うからこそ、その分の援助が自分に回ってくるものであるなと感じた。「税金はできるだけ安く」と考える人が多い。しかし、実際は自分や家族が税金によって大きく助けられることがあることを考えなければならないと思う。
祖母は今、リハビリを終えて、杖を使うことになった。しかし、気丈な人でまた働こうとがんばっている。私は、まだ働くことはできないが、祖母のような人々が一生懸命働いて税金を納め、私たちを支えているのだということを忘れてはならないと思う。
今、私たちにできることは、税の使い方をしっかりと学び、大人になれば働いてきちんと納税し、次の世代へつないでいかなければならないと感じた。
世代をこえての助け合い
唐津市立加唐中学校
一年 谷口奈緒
朝、学校で友達とあいさつをかわす。そしてその後、熱心で面白い先生の授業を受け、休み時間に入る。この時間、私は大好きな読書をするために、図書室へ向かう。ここの図書室は市の図書館から送られてきた本でいっぱいだ。今、私が読んでいるシリーズ作品の一番新しいものを借り、わくわくした気持ちで教室に戻る│こんな私の生活が、私の両親やたくさんの大人が納められている税金によって成り立っている事を知ったのは、ついこの前│中一の春、私が税金について興味を持ち、父にたずねてみた時だ。
「ねーねー、お父さん。どうして五%も`消費税aっていって、もの買う度に、お金を払わんばいかんと?」
「そいわな、高齢化の進んで、お年寄りが急に増えたけん、お年寄りがちゃんとした生活を送れるように補助するためたい。」
父はこう答えた。この答えに対して、私は反論するつもりで、こう言った。
「でも、お年寄りだけのためでしょ。そのためになんで子供の私まで、消費税を払わんばいかんと?」
こう言った後、私は父から軽くこづかれた。そして、父はすこし厳しい顔でこう言った。
「よかか、奈緒。お年寄りのためだけなんて、絶対言ったらいかん事ぞ。お年寄りが、若いころ税金を納めんさったおかげで、父ちゃんやその他にも沢山の大人が学校できちんとした授業を受けられたんやけん。もし授業をうけられんかったら、どがんなっとったと思うや。父ちゃんはきっと今、就きたい仕事に就けていないやろうし、税もまともに納めきれてなかったと思うぞ。」
私は素直にうなずいた。父は続けた。
「それに、お前本好きやろうが。お前が毎日借りてきよる図書館の本も税金で成り立っとーとぞ。税金は自分達のためだけに納めるものじゃなか。むしろ、感謝の気持ち、思いやりの気持ち、そして、助け合いの気持ちをもって、人のために自分から納めるものだという事を、忘れたらいかんよ。」
私はこの言葉から、自分が世代と世代とを全く関係のないものとして見ていた事に気がついた。それと同時に、納税を「義務」としてではなく、「助け合い」として見る事で、自分も助けられて生きているという事に気がついたのだ。
│私は読書が好きだ。今、私が読んでいるシリーズ作品の一番新しいものを借り、わくわくした気持ち、そして、こんな気持ちにさせてくれる納税者の人全てに感謝しながら教室にもどる。
将来、私もだれかをこんな気持ちにできるといいなあ。
血税だからこそ大切に
大村市立郡中学校
三年 坂中貴絵
夏休みのこと、私は近くに住む祖父母の家を訪ねた。祖父は七十五歳、祖母は七十二歳、年金生活の二人暮しである。祖父母は、地域の大切な仕事や役割を引き受けてがんばっている。二人は、けちではないが、生活は派手ではなくけっしてぜいたくはしない。私達六人の孫には厳しいこともあるが、いつも優しい。お正月などみんなが集まった時に「暮しは質素に、志は高く、世の中に役に立つ人になりなさい。だから今できることを一生懸命やりなさい。」と話してくれる。
祖母が祖父に話していた。「七月はうちでも、税金を二十万円ほど納めていますね。」と祖父は「ほう。地方分権
私は、この税金はどうして決まるのか尋ねた。祖母は。「本人が確定申告をして、決まるのだ。」と話してくれた。本人が一年間の所得の全額と控除される金額を領収書をつけて出し税額が決まるそうだ。それが基礎になって、地方税や健康保険税などが決まって何期かに分けて、納税するということだ。税の種類は他に、消費税・固定資産税・贈与税・相続税・車にかかる税など多くの種類があり、まもなく、環境税なども決まるそうだ。このようにたくさんの税金によって、教育や福祉や災害による道路の補修などの財源になっていることを知った。
祖母が話していた「血税」という言葉を最近テレビのニュースなどで耳にするので、尋ねてみた。「血税」とは、税金の種類ではなく、国民の一人ひとりが、それぞれに一生懸命仕事をし、血を流すような思いで働き、税金を納めなければならないので、「血税」というのだろうと、祖母が話してくれた。寝たきりのお年よりでも、中学校を卒業して、働いている人でも、少しでも収入があれば、所得といって、それに応じて税金を強制的に納めなければならないそうだ。今年の秋から上がるかもしれない消費税は、赤ちゃんから、お年よりまで。全ての人が平等に納めなければならないのだ。このようなことを考えると国は、全ての人の納税によって成り立っているということが、わかった。日本が、平和に暮らせるのも、多くの人の血税のおかげであることを忘れてはならないと思った。
かけがえのない、大切な税金が国や地方の財源であるから、無駄使いをしないで、よく考え、みんなが幸せに暮らせるように使ってもらいたいと思う。
私も教育を受けられるのは、多くの人の血税のおかげであることを忘れずにがんばりたい。
「日本という車のガソリンという税」
水俣市立水俣第一中学校
三年 出来田祐治
私達の住む日本、国が国民を生活させる為にはとても多くのお金が必要です。道路や橋、学校などの公共施設や市役所で働く人の給料も税金でまかなわれています。このように税金がなければ国が国家として日々動いていかないというわけです。税は、日本という名の車が走るためのガソリンと言えると思います。ではそのガソリンはどうやって補充しているのでしょうか。ガソリンスタンドはありません。税はどこからやって来るのでしょうか。
税はそこに住む国民から少しずつ国が税金としてもらっています。税金は個人からや、会社などの法人からもらいます。税金は国民生活のありとあらゆる時に国民からもらっています。まず個人が働くことによる給料から差し引く所得税、会社が得た利益からもらう法人税、個人や法人がものを買うときの消費税はもうおなじみです。その他ガソリン税、酒税、相続税などがあります。この税金に、国の借金である国債をあわせて国の収入としています。車のガソリンは、そこに乗る人々が少しずつ出し合って力をあわせてまかなっていたのです。この日本という車は今後の走りは大丈夫なのでしょうか。現在から未来へと税金の用途はどう変わっていくのでしょうか。そしてこれからの課題はいったい何でしょうか。
日本のこれからの最も重要な課題は、日本が世界一の高齢社会となるということです。高齢社会とは、少子化の進行により国民全人口における六五歳以上の高齢者の割合が高くなるということです。そうなるとまず、先に述べた税の収入が減ります。それなのに税の支出が増えるのです。例えば年金、医療、介護などの社会保障関係費が高齢化とともに急速に増加していきます。これが日本が担える重要な課題だと思います。
現在、選挙やなにかで「社会保障の充実を目指します」などの言葉がよく聞かれます。しかしそれは税金の収入が少ない、これからもっと少なくなるようでは不可能だと思います。それなのに国民は増税に対して過敏に反応し、反対します。僕は今後消費税などの増税はやむをえないと思うのに、国民は自分の目先の生活にしか興味がなく、政治家も選挙中に増税の話はタブーとしています。これはおかしいと思います。
このように、税は国民の国民による、国民のためのものであって、現在の国民は税についてもっと知るべきであると思います。社会保障や、消費税など目に見えやすいものばかり考え自分の権利ばかりを主張してはいけないのです。日本という車にただ乗りしている乗客ではなく、だれもがその車のしくみを知り、運転手として全体を考えることが最も基本的であり、最も大切なことなのです。
「税」の大切さ
出水市立米ノ津中学校
三年 安島みさき
つい最近わたしは「ある財政難のまちの一人の医師と医療」を特集としたテレビ番組を見ていた。市にお金がなく十分な医療器具もそろっていない中、一生懸命に市民を救おうとする一人の医師にただ感動しながらテレビをながめていた時だった。その医師がこう言ったのだ。
「一日に何度も患者さんが救急車でここに運ばれてくる。でもほとんどがその必要がない人。こんなことをしていたら本当の重病人を救えなくなるし、何より彼ら市民がこのまちを財政難に追いやってしまっていることになる。」
わたしは「彼ら市民がこのまちを財政難に追いやってしまっている」という言葉にあまりピンとこなかった。すると横で見ていた母が「そうだよね。市のお金はもっと大事に使わないとね。」
と言った。そういうことか、とその医師の言葉の意味に気付いた。
救急車の出動は一回あたりかかる費用は数万円にもなる。しかし、その費用は市が負担する。市のお金ということは主にそこの市民自身が納めている税金。救急車一台でも自分たちの税金が関わっている。だから、むやみに救急車を出動させてしまうと市のお金、税金を無駄に使うことになってしまうということだ。わたしはこの時、初めて自分も税金の無駄使いをしていないだろうか、大切にいつも使っているだろうかという思いが出てきた。
様々な場面で税金は使われているが、わたしの中で一番身近だと感じるのは学校だ。毎年四月になると配られる教科書。いつもあたり前のように教室で座っている椅子、勉強をするための机。これらはみんな税金のおかげであり、自分たちにとってなくてはならないものである。これまで机に落書きをしてみたり、「教科書なんて重いし勉強は面倒くさいし、別にいらないのに」と思いながら、あまり大切に使っていなかった。
しかし、机、教科書、校舎そのほか学校に行き、学習しやすい環境をつくっているものの中には必ずといっていい程、わたしたちの両親をはじめ、たくさんの人々の汗水流して働いたお金で納めた税金が関わっている。税金が無かったら今のような快適な学習環境は存在せず、こうして文字を書くことすら学べなかったかもしれない。
税のありがたさや重要さを知り、わたしはこれからはもっと税金を無駄にしないよう大切にしていこうと思う。そして、大人になった時にはこれまで自分たちをここまで育て、支えてくれた社会に感謝し恩返しする気持ちで、しっかりと税金を納められるようになりたい。
いつまでも、こうして幸せで豊かな生活が送れる日本の社会が有り続けるために。
税と公共物
浦添市立仲西中学校
三年 小禄百和子
私は中学三年で公民を学ぶようになってから、少しずつ「税」に興味を持つようになりました。税は身近によく聞きますが、実際には何に使われているのか、なぜ納めなければならないかなど、知らないのがほとんどでした。
そんなことを考えていると、父が、「小中高の学校の建設には誰がお金を払っているか分かる?」と問いかけてきたので、「国か県でしょ?」と答えました。父は、「そうだね。学校は国と市町村だよ。小・中学校は市立、高校は県立になっているね。それと、学校の机やいす、黒板も国の負担だよ。みんなが働いて納めている税金で払っている公共物だから、大事にしようね。」と、言いました。さらに、父は、「公園は、一般の人々のことをさす公衆の公をとったから公園というんだ。公園も、みんなで使う場所だからね。」と教えてくれました。私は、父の話を聞いて、公共物の大切さを感じましたし、税がいろんな面で身近に役立っていることを知りました。公共物は大人の人達が頑張って働いて納めた税によって造られたということを考えると、税のありがたみを感じましたし、重くも感じました。
しかし、その公共物に、落書きをしたり、こわしたりする人がいます。これは、納税している人達や公共物を使っている人達も悲しむだろうし、許せない行為だと思います。
また、学校の机やいすなども公共物です。普段何気なく使っていますが、これらもたくさんの人達が働いて納めた税からできたということから、ありがたく感じながら授業もうけようと思います。机やいすは小学生の頃から使っています。私は中学三年、義務教育最後の学年です。今まで八年間、納税でできた机といすを使って授業をうけてきました。三年生を卒業したら、それと同時に九年間の義務教育も終了します。卒業するまで、大切に扱いながら授業をうけたいです。
そして、授業には教科書はかかせません。教科書もまた、たくさんの人達が働いて納税してできたものと知りました。私は納税して懸命に働く多くの人達に感謝しながら、教科書から一つ一つ学んでいきたいです。
税は、私達の気づかないところや公共物に使われて、私達の生活を便利にしています。私は普段、学校はもちろん、市立図書館や公園も使用していますが、これからは、いつも頑張って働いて納税している多くの人達と、税に支えられていることに感謝しながら使用したいです。
そして、私もいずれ大人となり、税を納めていく立場になります。その時は、税への感謝の心を忘れず、しっかり働いて税を納めたいです。また、幸せな納税社会になるように、今はたくさん勉強をし、将来、社会に貢献できる人になりたいです。
                       
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