芦屋東灘納税貯蓄組合連合会
トピックス 

41回「税の作文」優秀作品 

 
  国税庁長官賞入選作品
   
日本と諸外国の税率について
糸魚川市立糸魚川中学校
三年 伊井大樹
現在の日本の消費税率は五%です。最近では、国の借金が増えてきたため、この税率を上げようという政治家が増えてきています。しかし、単に税率を上げることはいいのでしょうか。生活に余裕のある人にとっては税率が十%や十五%になったとしても、大した影響はありません。しかし、年金だけで生活をしている高齢者や、病気や怪我で働くことができない人にとっては、百五円だったものが百十円や百十五円になることは生活に大きな影響を及ぼしてきます。そのため、税率を上げることに対する反対は大きいです。では、海外の税率はどうなのでしょうか。
イギリスやフランスなどの国は、消費税率が十五%以上と、日本と十%も違います。また、ノルウェーやスウェーデンなどの国は更に高く、二十五%です。こうして見ると、日本の税率は世界的にかなり低いのです。しかし、これらの国の税率が高いのには理由があります。まず、イギリスは、食料品などの生活必需品に税金がありません。その分、値段の高い自動車やクルーザーなどのぜいたく品にはしっかりと税金が課せられています。次にノルウェーやスウェーデンなどは、イギリスなどと違い、食料品などの生活必需品にも十二%と、これもまた日本よりも高い税金が課せられています。しかし、その分、社会福祉がとても充実しています。そのため、税率が高くても国民からの不満はほとんど聞かれないのです。
このように、日本以外の国では消費税率が高い分だけの何かしらの理由や見返りがあります。しかし、今の日本は生活必需品とぜいたく品を分けず、全ての物の税率を上げようとしています。更に、国の社会福祉保障費も削減し、国の負担を減らそうとしています。このようなことでは、国民は医療費などの多くを自分で負担しなければならなくなり、更に生活が苦しくなります。このままいけば、税率を上げる、国民の生活が苦しくなる、国に入る税金が少なくなる、税率を更に上げる、といったように、悪循環を招いてしまいます。
中国の昔の政治家、「管仲」は「取ろうとするなら、まずは与えよ」と言っていたそうです。すなわち、まずは国民を富ませ、それから税を徴収しろということです。僕はこの考えは良いと思います。なぜなら、生活に余裕ができれば、多少、税率が上がっても負担にはならないし、脱税や金銭が絡むような犯罪も減ると思うからです。
現在は税率をゼロにすることはできないので、せめてイギリスなどのように生活必需品の税金をなくし、ぜいたく品と区別すれば良いと思います。そうすれば、国民の負担がかなり減ると思います。他にも、国民に対する社会福祉保障をしっかりとすれば、更に負担は減り、良い循環が生まれ、結果的に日本が抱えているたくさんの借金もなくなっていくと思います。
朝顔と税
吹田市立千里丘中学校
三年 安福由香
「税」について作文を書く為「税」について改めて考えていると、庭に咲いた朝顔が目に入ってきた。その支柱に幾重にも巻き付いている姿は、支柱に甘えているようにも見える。そして、その姿は、人間の生き方にも重なって見える所がある。そこで「税」について人間を朝顔に例えて考えたいと思います。
朝顔の芽が地上に顔を出す。人間で言う誕生です。しかし、朝顔の芽も人間も、ひとりで育つことは決してありません。朝顔の芽は栄養分をもらう土や、命の源の水、太陽などたくさんの周りの支えを必要とします。人間も同じ様に親や周りの人などの支えが必要です。そして周りに支えられながら、育っていき、親とは違う新たなものに頼らなければならなくなります。それが支柱です。支柱は人間で例えるとしたら、国なのかもしれません。支柱を立ててあげるときは、義務教育を受ける小学生に入学するときでしょう。ワクワクしながら通う学校は、親や顔も名前も知らない人が頑張って働いて納めた税金で建てられているし、たくさんの事を学ぶ教科書も同じ、税金が使われています。だから遠く感じる国という大きな組織は、実は、支柱のように密接な関係があるといえます。小学生からつるが支柱に絡み合い大人になるにつれても外れることの無い一生の付き合いになります。それは朝顔が立派な花を咲かせるようになり、反対に支柱に負担をかけるようになったら、今度は朝顔が支柱(国)を支えなければなりません。支えると言うのは、大人になって働くことです。なぜなら働いたお金の一部が税金として納められ、そのお金が未来を背負うことになる子ども達の教育費にもなるのです。そして、花が咲き終わると種が出来ます。その種がまた新たな命を呼びます。命のバトンをつないでいくだけではなく、その裏では目では見えない税のバトンをつないでいるのです。
朝顔のつるが、支柱に絡んで、支柱に甘えているように見えたのは、やはり、支柱無しでは育つのが大変だからでしょう。つまり、国=(イコール)税金も無かったら、生きていくのも大変になるのかもしれません。言い過ぎのように聞こえるかもしれませんが、税は医療費や年金など人々の為に、警察や消防などの暮らしの為に使われているからです。今、日本では「税」のあり方について問題になってきていますが、「税」のバトンは目には見えないけど素晴らしい制度だと思います。同時に国という国民の大黒柱は、腐ったり、折れたりしないように、たくさんの国民という朝顔の花を立派に咲かせるような支柱であってほしいです。
「人のために」
和泉市立信太中学校
三年 中村絵里奈
私が税の使われ方について、一番考えるきっかけになったのは、昨年他界した岡山県に住んでいた祖父が、まだ自宅介護を受けながら存命の時でした。
岡山から、祖父母が来阪し、体の不自由な祖父を元気付けようと、父が車で出掛けた時の事です。トイレに祖父と入った祖母が、
「大阪は、いいねえ。どこに行っても介護用のトイレがあって、車椅子で出入りも出来るしうらやましいわ。」
と、うれしそうに出て来た事に、とてもおどろきました。いつも何でもなく見てはいましたが、介護する人もされている人も、介護用のトイレやスロープ、ちょっとした手すりがどんなにありがたい事か。実際、岡山に行った時、大阪に比べて、確かに少ない事に気付きました。地方の自治体によっての差は、中学生の私にも分かるところで、格差がなくなればいいな、と感じました。
祖父は、介護用品やベット、また、デイケアなど、充実した医療も受けており、祖父や祖母が、国に納めた税金も、有意義に使われているんだと、実感しました。
しかし、これからもっと、日本は高齢化社会になると言われている中、今のままでは、特養の病院や、デイサービス、また医療費の問題など、税のあり方についての課題は、まだまだ多いと思います。「私達が大人になった時。」と考えた時、不安になる事は、どうにも仕方ない事実です。
今、私はまだ中学生で、他に税を納める事は出来ませんが、消費税は、納める事が出来るので、少しは役に立てているのかなと思います。しかし、日本はまだまだ、諸外国に比べ、消費税など低い方だと聞いています。家庭をやりくりしている母などからすれば、なかなか厳しいかと思いますが、今後の日本のため、少しの増税は、仕方の無い事なのかも知れません。ただ、私達が老いた時、納めてきた税金が、人々のくらしや社会に使われるように、決して、軍事費や大型公共事業などに、多く使われない事を、切望します。
先日、夏休みだという事もあり、家族で出かけました。家に帰って、途中で立ち寄った大型スーパーでの事を皆で話している時、父が「体のあちこちに、たくさん管を付けて、車椅子に乗っている女の子がいたね。あの子も、あの家族も楽しそうだったなあ。いつまでも仲良く、少しでも元気になれる様にみんなの税金を使って欲しいねえ。」
と言っていました。私も本当にそう思いました。
私達中学生も、近い将来、納税者になります。今まで父や母が納めてきた税金、これから私達が納めていく税金、それは、年金と共に、自分を含め、みんなの「未来への預金」です。大切に「人のために」使われる事を、心から願います。
人生のパスポート
同志社中学校
三年 奥井萌
私は今まで税金と言われても、自分にはあまり関係ないだろうと思っていた。もちろん、両親の毎月の給料から税金が天引きされていたり、私達も買い物で消費税を払ったりと、普段から何気なく税金というものを身近に感じる事もあった。
その日の晩、父は海外出張から帰って来て土産を私の前に置き、話を始めた。
「欧州の方は日本と比べて税率が高いから、お土産一つ買うのも大変だよ。今、日本の税率は五%だが、欧州諸国の税率はどれくらいだと思う?」
実は、父は初めて海外旅行へ行った時、そのあまりの高税率に驚いたそうだ。父によると、なんと欧州諸国では二十%前後が標準税率だという!私もこれには驚かされた。何しろ日本の四倍だ。父は、将来このグローバル社会の中で、私が海外へ赴くようになる時の事を考え、ぜひこの話をしておきたかったらしい。
「その国の税制にはその国の歴史や人情・風土が影響しているんだ。欧州では税率が高いといっても、贅沢品だけに税をかけ、日用品には税をかけない国もあるんだ。実は、日本で消費税を導入したのは平成元年のことで、つい最近の事なんだが、それまでは物品税という欧州のいくつかの国と同じように贅沢品に関する税がかけられていたんだ。」
と父は続けた。初めて知る事ばかりで、もちろん驚かされたし、消費税も近年導入されたばかりなのに、今ではすっかり私達国民の生活に馴染みきっている。税制は時代と共に変わってきていて、昔があり今があるのだから、今の税制がどうなっているかは、昔を知らないと本当はよく分からないと思った。父は、
「日本では戦後民主的な税制が本格化する中で、税金が取られるだけの悪いイメージから脱し、公共サービスの充実に向けた本来の姿へ形を変えていったんだ。サービスの占めるウエイトが高まってくると、物品税はこの経済のサービス化に対応できずに消えていったんだ。」
と最後につけ足した。歴史観と世界観をもって、ものを見る事で、税制の本質は見えて来るような気がした。
支え合う仕組みの中、その国の人情・風土によって生まれた税金が、今日まで機能を果たしてこられたのは、その時代時代に生きた人々の努力と協力の証であり、安全且つ健康で、文化的な毎日を過ごす事が出来るようバックアップしてくれる税の「恩恵」、いわゆる税の正しいあり方を伝えてくれた、人生の先輩方の汗水と苦労のおかげだと私は考える。
人生は旅である。旅をするにはパスポートが必要だ。税金は、パスポートという権利を獲得する為の義務である。私は積極的に納税をし、次の世代に命のパスポートをつなぎたい。グローバルスタンダードを肌で感じる事のできるよりよい環境の世界を目指して…。
大切な大切な税金
精華町立精華中学校
三年 野秋優子
私の入学した中学校には窓枠にダンボールや、ベニヤ板がはさまった窓がたくさんありました。ドアがへこんで開かなくなった生徒会室。爆竹だらけの中庭。毎日のように警報ブザーが鳴り響く、まるで戦場のような所です。
でもある日、昨日までダンボールだった窓に新品のガラスがはまっていました。季節は冬の少し前だったのでみんな喜びました。
「このガラスもそうだけれども、学校にあるほとんどの物はみんなのお父さんやお母さんが納めている税金でできています。だからもっと学校のことを好きになって、学校を大切にして下さい。」
先生はそうおっしゃいました。私はそれまでこの学校が貧乏だからどうしようもないと思っていました。でも今まで割られた窓が、校舎が私達の両親が一生懸命働いて納めてくれた税金でできていたことを知って、とてもショックでした。申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
翌日、新品の窓ガラスは粉々になって、朝日にキラキラ光っていました。
それを見てひどく腹が立ちました。昨日までピカピカだったあの窓は、直接学校とは関係していない人の税金でできていたかもしれないのに…。あの窓を壊した人は、税金を納めている人の夢も壊してしましました。
一部の人のうさばらしに、みんなの税金が使われるのはおかしいです。このように税金を無駄にした人を裁く法律は無いのでしょうか。それが大人でも未成年者でもしかるべき罰を受けるべきだと私は思います。そしてもっと、真面目に働いて税金を納めている人々のために税金が使われてほしいです。
私達のような未成年者には、まだ消費税以外での納税の義務はありません。しかし、税金によって作られたものに対して感謝の気持ちを忘れずに大切に使っていく義務があると思います。そうでないと、税金を納めてくれた人に対して失礼です。
あれから二年という月日が経ち、私は最高学年になりました。学校を美しくする取り組みをたくさんしたかいがあったのか、今学校には窓枠にベニヤ板がはさまっている窓はありません。それどころか、トイレには鏡が返ってきました。
今まで消費税の五%にも、あまりいい印象を持っていなかったのですが、税金のお陰で今の私の生活が成り立っているのだということを実感して、私の中での税金の見方が変わりました。
税金はすばらしいシステムです。私も働くようになったらしっかりと納めていこうと思います。
税金という贈り物
親和中学校
三年 牟田佳奈恵
税という漢字を辞書で調べてみた。思っていた通り、収穫の一部を取り立てるみつぎという意味、だがその横にふと気になる意味を見つけた。
『物を人におくる』うーんなんだろう…言葉だけ読むと単純な意味のようにも取れるのだが、税という言葉の裏側に潜むもの、税って贈り物のようなもの?少し心に引っかかったままぼんやりと考えている私に母が一冊の手帳を見せてくれた。それは私の母子手帳。生まれる前から誕生、そして三才になるまで細かく予防接種や検診など少しずつ大きく、成長する私の様子が記されていた。母の話では、「あなたが泣いて嫌がった予防接種や体重にハラハラさせられた検診などは無料で受けることができたよ。」と話してくれた。又急に熱を出して病院にかかっても、ある学年までは支払いの免除が受けられる。国民の義務といわれる納税がこんな小さな命を守る所から使われ支えてくれているのだ。
税を贈り物として考えてみると少し面白い。父や母が毎日家族と楽しい日々を過ごすために働き、その分決められた額を納める税金や「この服欲しかったんだ」とお気に入りの洋服を買うと同時に発生する消費税。旅行に行った時、気持ちいいなぁとのんびりつかる温泉の入湯税など私達が気持ちよく使った物の中にも税金が含まれる。いろんな形でいろんな場所から集まった税金が、日本の小さな子供たちの元気に笑って過ごす為の贈り物へと繋がっているのだ。
もちろん贈り物は小さな子供たちにだけではない。これからは高齢化社会になる。まだまだ海外に比べ福祉の面が遅れている日本は国民から集められる税金という贈り物の配り方を国全体で真剣に考えていかなくてはならないのだ。
今、私達にもできる小さな一歩があるはずだ。どれが正しくてどれが間違いであるか判断できるようになるためには限られた場所にばかりとどまらず、より多くのいろんな世界を知ること。日々の生活の中でも少しの疑問を感じたら、自ら声に出すことから始まるのではないだろうか。税金など知らないと顔を背けずに、どんな小さなことにでも関心を向け意識すれば社会は大きな人の輪に包まれるはず。
私達にもいずれ納税という義務がやってくる。高齢化社会の真っ只中に生きる私達が税金のことをただ流されるがままに義務とだけ受け止めるのでなく、税を通してその先にある人と人とのつながりを感じられるようにならなければと思う。どんな形であっても心をこめて贈り物をすると相手はうれしいものだ。国民一人一人が今よりずっと受け取る相手の顔や気持ちを想像し、考えてあげられるようなそんな優しい社会を願ってやまない。
「”生きる税金” 為になってこそ税金や」
奈良市立富雄中学校
三年 寺川仁美
税金とは、私達消費者にとって取られる一方で厄介なように感じますが、私達が税金から得られる事もあるはずです。それでもイメージが悪いのは使われ方に問題があり私達が納得した内容でないからだと考えました。
単に税収を上げることだけを考えれば必需品の税率を上げると確実に税収は膨れ上がるでしょう。でも生活が苦しい人にも最小限必要なものはあります。その税率が上がってしまえば生活は圧迫される一方で、これでは税金によって失うものが多すぎます。確かに大きな借金を抱える今の日本には利益を考え税収を上げることも大切かもしれませんが、これが私の思う税金の在り方ではないのです。
私が思うものとは、為になる税金です。好ましくないものや贅沢品の税率を上げそれを抑制するのです。例えばガソリン税や電気の利用にかかる税金を引き上げれば、自動車の利用台数が減りCO2の排出量も激減できますし、節電も自然と行われるでしょう。こうすれば無駄にエネルギーを消費することもなく誰もがエネルギーの消費に対して慎重で厳しい目を向けるようになると思います。他にも酒税やたばこ税を引き上げれば絶対的に必要でないものの価格が膨れ上がるのですから当然手を出す人も減少するはずです。好ましくないことには忠告を発し抑制し、削れるものは削ることで税から環境保全へと繋がっていくと私は考えます。今まで呼び掛けてもあまり多くの人が行おうとしなかった環境に配慮した生活ですが自分達自身の収入に直接響いてくるともなれば、多くの人が耳を傾け、真剣に考え、環境と向き合うようになるでしょう。
こんな風に人々の関心の高い税金を関心の低い環境問題に役立て、税金で地球の環境を救うことも一つのいい方法ではないかと思います。こうであってこそ初めて為になったと言えるのではないでしょうか。
確かにこの政策ではいくら税率を上げても利用者が減ってしまうので直接税収を上げることには繋がらないかもしれませんが、決して無駄ではなく寧ろ大切なことだと私は考えます。ただ単に取り利益を出すことだけが税金ではありません。誰もが納得、理解し、気持ちよく払えるものであってこそ税金です。
税金は誰かの生活を苦しめるものでなく税金によって生活を支え、よりよい環境を産み出していくものでなければならない。税金によって誰かが泣いていてはいけない、誰もが笑えるような税金にしたい。私達の暮しが良い方向に向かっていくための道標となっていくべきものであってほしい。
「環境にも、健康にも、私たちにやさしい税金。」
これが私が思う本来の税金の在り方です。
「みんな」の税金
印南町立印南中学校
三年 芝千晴
私の家の前は、道路が交差していて、感知式信号があります。
私達は、細い道から信号のある道を交差して幼稚園や学校に通います。
私がまだ小さかった時は、その道で、車と人の接触事故がよくありました。
一番私の記憶に残っているのは、幼稚園児が細い道から飛び出して、信号の変わり目で急いでいる車とぶつかったことです。
幸い園児は、かすり傷で済んだのですが、その子供のお母さんが道に座り込んで、大声で泣いていました。その声に母と私は、急いで駆けつけました。
病院へ行くことをすすめ、車の運転手に事故にあった子供の連絡先を伝えたり、と母は、あたふたと行動をしていました。
母の行動は、この時で終わりではありませんでした。母は、その道で事故が頻発していることを色々な会合の場で訴えていきました。
その努力が実って、細い道から出る所にカーブミラーが設置されました。
あれから事故は起こらなくなったのです。
母は、「私がミラーを付けたんじゃないよ。みんなが付けてくれたのよ。」と言いました。その時は、私は、「みんな」とは設置の為に動いてくれた人のことを指しているのだと思っていました。
私は、学校で税金の事を勉強し、税金の成り立ちを知った今、母の言う「みんな」とは、周りの人々、税金を払ってくれている町民全員のことだと分かりました。
私達の周りには、カーブミラーだけでなく、私達が何気なく腰を下ろす駅のベンチ等、いろいろな所に「みんなの力」の税金で設置されているものがあります。
人々から集められた税金が、多くの場所で役立ち、私達を守ってくれていることは事実なのです。
みんなの大切なお金を出し合って造られているものだからこそ、税金で造られた物、まかなわれている物は、大事な物なのです。
私は、これから先、納税者として、税金の使用目的をしっかりと把握して、自分の父母や子供達、周りの人々を守るために、進んで協力できるようにしていきたいと思います。
これからも私が通学をする時や町を歩いた時、税金によってまかなわれた物をたくさん見ることでしょう。
私は、それらを見、知る度に税金のありがたさを感じ、「みんな」に感謝したいと思います。
生きている税金
米原市立大東中学校
一年 山田美樹
あれ、工事をしているんだ。
新幹線に乗るため、久し振りに米原駅に来た私は、いつもと違う駅の様子に驚いた。
「今、米原駅はみんなのために税金を使って建て替えているんだよ。」
と父が言った。税金│││。言葉は知っているが、詳しいことはよく知らなかった。そこで私は、家に帰ってから早速、米原市の税金について調べてみることにした。
私たちの住んでいる米原市のパンフレットを見てみると、今年度は三百二十九億円もの予算が組まれていた。そして、これらのお金は、いろいろな事業のため綿密に計画され、使われていることが分かった。
米原駅は、新駅舎の橋上化に伴い、エレベーターやエスカレーター、スロープ等が増設されるそうだ。私の祖父は心臓が悪いので、駅へ行くと必ずエレベーターを探さなければならない。このような思いをしているのは決して祖父だけではないだろう。祖父はやっとエレベーターを見つけて乗ると『ありがたいな』といつも言う。お年寄りでも、赤ちゃん連れの人でも、障がいのある人でも、誰でも楽に自由に利用できる公共施設が増えればどんなにいいだろう。
私は小学校時代、通っていた校舎が建て替えられ、地元の杉やヒノキを活用した木の香り漂うすばらしい新校舎で学ぶことができた。この校舎も、実は巨額の税金を使って建設されたそうだ。また、私が中学で毎日食べている給食も、給食センターの管理運営等に多額の税金が使われていることを知った。
いつも何気なく通学したり食べたりしていたけれど、これらはすべて未来の米原市を担う子どもたちの成長を願って、父や母、地域の人たちが納めたみんなの大切な税金が使われていたのだ。まるで「がんばれよ」という声が聞こえてきたようで、本当にありがたいなと思った。その声に応えるためにもしっかり勉強していかなければならないと思った。
今まで税金といえば、何だか遠くにあるもののように感じていたけれど、調べてみると本当は私たちの生活と密接なもので、税金の必要性や有難さ、大切さを痛感した。
私は、税金が人のために使われ、みんなに『ありがたいな』と思われたとき、その税金は生きているのだと思う。道路の改修工事や行政放送、予防接種、駅の開発やバリアフリー化等、どんな事業でも、それらを利用する人たちが『ありがたいな』と思える税金の使い方であれば、きっと生きている税金として機能しており、納税者の気持ちが反映されることになるのだろう。
私も大人になったら、私たちの暮らしを支えている大切な税金をきちんと納め、それらの税金がどう使われているのか関心をもち、生きている税金かどうかを見極め、住みよい社会に貢献できる人になりたいと思う。
税金は`悪者aか
大津市立打出中学校
三年 青木千尋
昨年の秋、大学生の姉が社会福祉について学ぶ為、その先進国であるデンマークに二週間滞在した。それまでの私にとって、デンマークは位置さえもあいまいな遠い国だったが、帰ってきた姉が教えてくれたデンマークの社会の仕組みに感動し、一気に憧れの国へと躍り出た。
『また税金が上がった』、『政府はどれだけ国民から搾取すれば気が済むんだろうか』と嘆く大人たちの声が大きい日本。しかし、消費税が五%の日本に比べて、デンマークでは何と二十五%もの消費税を課しているそうだ。所得税に至っては五十%という途方もない数字である。その代わり、納税者であるデンマーク国民は、その使いみちや政治の在り方に関して非常に厳しく監視の目を向けている。毎回の国政選挙での投票率は八十%を切ったことがないと言うし、腐敗政治にも敏感だ。姉は訪れた国会議事堂で、国民用の席が常時設けられていることに深い感銘を受けたそうである。日本人は税金の額についての不満は言うが、その行方についての興味や関心が薄い。私は自分を恥じた。
また、デンマークでは高い税金を取る代わりに一生涯生活の保障が為されている。教育に関して言うならば、小学校から大学まで学費はタダだし、医療費も一切かからない。かと言って、国民が教育や医療の内容に不満を抱いているわけではなく、新聞で『国民が幸せだと感じている国第一位』に輝いたのを目にしたことさえある。国民からただ一方的に搾り取っているのではなく、きちんとそれに見合った還元をしている、というのがデンマークの優れた点だと私は強く感じた。
今、日本では税金がまるで諸悪の根源であるかのように言われている。なぜだろうと私はいつも考える。それは、政府が国民の義務ばかりを強調するせいではないだろうか。人は誰しも、メリットのないことは疎んじる傾向にある。それは罪悪ではないナチュラルな考えだと私は思う。デンマーク人と日本人では価値観も異なるから、そのままそっくり真似することは不可能だ。しかし、義務と権利のバランスを、犠牲と享受のバランスを最良のものにできる社会を私は望む。税金は決して悪であってはいけない。弱きを助け、皆が幸せになれる為の救世主でなくてはならない。その為にも、国民はその使いみちにもっと関心を持とう。私は選挙権を得たら、必ず毎回投票に行こうと決心している。そして、『税金は社会を豊かにしてくれているんだよ。だから必ず納めなくてはいけないんだよ。』と、将来胸を張って子どもたちに伝えられる大人になりたいと思う。
税金で助けられること
札幌市立厚別北中学校
一年 石岡菜奈
私は一才の時「川崎病」という病気にかかり半月程入院した事があります。この病気は全身の血管に起こる原因不明の炎症で高熱が続き約十%の確率で冠状動脈瘤を形成して、まれに心臓発作を起こしてしまうという恐ろしい病気だそうです。幸い私は比較的軽い症状で後遺症も残らず、今はとても元気です。
でも、この病気で運動制限をしなければならなかったり手術をしたりする人も多くいると母から聞かされ、この病気の原因を研究したり治療するお医者さんはいるのだろうかと疑問に思って、インターネット等で調べてみました。川崎病に関しては、様々な情報交換がなされていて、その原因と治療の専門の医療機関も存在する事がわかりました。更に他の病気についても日本では、百二十五もの特定疾患が定められていて難治性疾患克服研究事業により原因研究の他、医療設備の整備や自己負担金の軽減等も行われている事がわかりました。そしてそれらの全ては国の税金でまかなわれている事も初めて知る事ができました。思い出してみると難病で入退院を繰り返していた大叔母も入院費や家のバリアフリー化の費用を軽減してもらってとても助かったという話を聞いた事があります。
この世の中には原因も治療法もわからず、苦しんでいる人がたくさんいます。誰も好きで病気になった訳ではなく、出口のないトンネルの中にいるような人達の気持ちを思うと、この税金によって少しでもその人達を助けようという制度は、ほんの一筋の救いの光になるような気がします。税金というとせっかく得た自分の収入を国に納めなければならないというマイナスのイメージを抱いていた私は、これまでその重要性をあまり考えてきませんでした。でもほんの少し周りを見渡すだけで、消防車や救急車は、災害の時にはすぐ駆けつけてくれ、私達が平気で捨てているゴミも毎日のように回収してくれる、公園、道路、公共施設…。私達が安全に外を歩けるのは全て公共のサービスであり、それらは全て税金の恩恵だと気づきます。難病を自己負担のみで治療していかなくてもよいように、そして多くの人が健康で安全な生活ができるように、税金が平等に使われている事を考えると国の「税金を納める義務」というシステムの大切さが実感できます。未成年の私はせいぜい消費税位しかまだ払ってはいませんが、今の大人達がきちんと納税してくれるお陰で私達が平等に教育を受け成人になれるのです。
このシステムは強い者が思いやりを持って弱い者を助けていくという人間にしかできない素晴らしい制度だと思います。私も大人になったら次の世代に対して思いやりを持ってきちんと納税していく事、そして今の私達にできる事として大人の納めてくれる税金を無駄にしないように使い、人間同士の思いやりの輪を大切にしたいと心から思います。
税から学ぶべきこと
札幌市立厚別北中学校
三年 石岡紗弥
昨年、新聞やテレビを賑わせた夕張市の財政破綻。私はこの出来事をきっかけに普段あまり考えもしなかった税金のあり方を深く考えるようになった。今年になって、手作りの成人式やネットでの公有財産売却等、夕張市は苦しい財政難の様々な打開策を打ち出し、市民の手による市の立て直しを図っているというニュースを度々耳にするようになり、私自身は何もできないながらも心の中で夕張をいつも応援し続けてきた。果たして私は本当に何もできないのだろうか…。夕張市で起こっている事は本当に他人事なのだろうか…。
少子高齢化、利便性だけが追求され過ぎている現代社会の中で公共団体、否この国自体の経済システムは、今までと同じ事をしていれば必ず近い将来行き詰まるに決まっている。
私の住む札幌市の広報には、しばしば市の予算の執行状況や補正予算が掲載される。また札幌のおサイフというパンフレットがあり見た目にもわかりやすく市の財政状況が解説されている。これによると税収入自体はこれから先数年間は横這い状態…しかし医療、福祉に関わる支出が増えていく為に収入不足で三年後には三百億円に達するという厳しい状況である事がわかる。これこそ本当に他人事でも仮定の話でもなく実際に私達が直面する現実なのだ。これ程はっきりと数値化されている現実に対して今札幌市民はどれだけの人が危機感を抱いているのだろうか…。全く無関心か、何とかなるさ…と思っている人がほとんどではないだろうか。今まで当然のように受けてきた公共サービス。それらは全て市民の税金によるものだという事を忘れてはいないだろうか。更にパンフレットを読むと、収入百%に対し税収入は約五分の二で残りは国の補助金の他、市債等の借金である。この借金は施設等を利用する市民の負担を公平にする為のものであり、つまり中学生の私達が将来大人になって納税していく分も含まれているという事だ。少子高齢化の進む中でこれ以上の税収入が見込めない以上、支出をどれだけ工夫して押さえていくかが差し迫った問題になっている事は明白である。
ほんの些細な事でいい。税を使う側の一人一人が公共物を大切にし、ゴミなどをなるべく出さない工夫をし、リサイクルを心がけ、普段から健康に気をつけ、無駄な出費を押さえる。一家族の中での節約と同じ事だ。一人一人の力は小さいけれど何百、何万人の努力が積み重なるとそれはきっと大きな力になる。一人一人の力が、市民ひいては日本国民の平等の幸せにつながる筈である。まずは一人一人が納税者であると同時に税を使う人間である事をしっかり自覚する事が大切なのだ。不幸にして財政破綻をしてしまった自治体はあるが多くの人がこれで目を覚ました筈だ。私でもできる小さな努力。日本がこれから歩むべき道を私自身もっと真剣に考えていきたい。
支えあってこそ
加美町立宮崎中学校
二年 鎌田有紘
僕の祖父は六十四歳。毎日外で部活をしている僕より日に焼けていて、笑った時の歯の白さが印象的だ。
この夏休み、僕は、祖父母の家に泊まった。家の裏に天神様があって、まるで鎮守の森のようなその家で、僕の母は育った。結婚して家を離れたが、そう遠くはない僕の家と朝夕行き来をしながら暮らしている。お盆だったので祖父はのんびりしていて、僕と碁をうってくれた。碁石をつかんだ祖父の手は茶色に日焼けし、深いしわがあって、とても大きかった。ぼくはその手を見つめながら言った。
「ねえ、じいちゃん、来年でやっと辛い仕事も終わりだね。退職でしょ?」
すると祖父は
「辞めるわけにはいかないんだよ。今の生活ができなくなるだろ。」
僕は意味が分からなくて聞き返した。
「え?なんで?年金があるじゃん。」
僕は、六十五歳=定年=年金だと思っていたからだ。祖父は静かに笑って言った。
「有紘、いいか、年金たって年に百万あるかないかなんだ。なけりゃ、そりゃ大変だけど年金だけじゃ、暮らしていけないだろ?」
今の日本の高齢者を陰で支えているのはみんなの税金だ。高齢者が安心して暮らせるように医療費を軽減し、福祉施設もたくさん整備している。全て税金があってこその社会だということを忘れてはならない。
だけど、今のままだと、その福祉社会が崩れるかもしれない。自分勝手な「誰かが納めるだろう」的な税金を納めない人が増え続け、いつかは…。
僕の祖母は収入がどんなに少ない時でも、税金にだけは手を付けないで、袋に入れておいて必ず納め、
「納税は国民の義務だよ。義務も果たさないで権利ばかり主張するのはいけないんだよ。」
と、いつも言っている。僕もそう思う。そして、生活が大変でも、税金をきちんと納める祖父母のような人達を、僕は立派だと思った。
最近、ニートと呼ばれる人達が急増している。仕事をしようとしないで、いつまでも親や社会のお世話になっている。「働かざるもの、食うべからず」と、昔の人は言ったそうだ。働かないのに、なぜ暮らせるのか。どうして彼らはそれでいいと思ってしまうのか。
今、若者の間にあるといわれている『今、良ければいい』という風潮。誰がいいの?よくなんかないよ、いつか自分に返ってくるんだから。
僕は九年後、二十二歳になる。大学を卒業した僕はどんな風になっているんだろう。きっといろんな事を楽しんでいるに違いない。僕は一生懸命働いて、たくさん遊んで、いい人生を送りたい。そして、税金を必ず納める大人になる。だって人は支えあって生きているのだから。
お互い様の心
朝日町立朝日中学校
三年 松田早季
ある日の朝のこと。私が起きると、朝早くから草刈り機の点検をする祖父の姿がありました。
「じいちゃん、どこの草刈ってくんの?」
と聞くと、
「山の道普請さ行ってくんだ。」
という答えが返ってきました。道普請って何だ?と思った私は、父からその意味を聞きました。道普請とは、村の人みんなで道の草を刈ったり、くずれた道を直したりすることだそうです。昔の人はそうやって、なんでも共同作業によって村を守ってきたということでした。私は、いつもお互い様の心を持って生活を支え合っていた昔の人はすごいと思いました。その後父に、都会などでも道普請はあるの?と聞くと、都会では今は無く、そのかわりとして行政が、税金を使って道の整備などを行っている、と言っていました。
そこで私は道路に関する税金について調べてみました。税金には、使い道が決められていない普通税と、最初から使い道が決められている目的税があるそうです。道路に使われている目的税だけでも、車を買う時に納める自動車取得税、ガソリンの価格に含まれているガソリン税、買ったときや車検のときに支払う重量税などがあり、合わせると一年間の税金の額が三兆円くらいになるということでとても驚きました。だから、私の家の前の小さな道路から全国を結ぶ高速道路まで、網の目のような道路が、きれいに整備されているのだなと思いました。私達の町では、高校生の人達が学校へ自転車で通う姿を多く見ます。昔から比べれば道路も良くなって、ずっとずっと楽に通えるようになっていると父が言っていました。そういった身近なところに税金が使われていると分かりました。税金は、道路だけでなく、生活のいたる所で使われています。一日を例にとってみても、朝、顔を洗う水道、学校、勉強するための教科書、道にある街灯など、他にもたくさんあります。昔だったら大変で時間がかかったようなものも、今は税金によって早くて便利なものに変わっていっています。
私は、今の税金の制度は、昔の道普請と似ていると思います。そして、昔にあった『お互い様の心』が制度として今に残っているものが、税金のしくみだと思っています。税金は、人間で言えば、社会という『体』を支える大事な『血液』のようなものです。今の日本では、税金をとられるという言い方をする人もいますが、それは間違っています。みんなで出し合って、一人一人が支え合って社会を築いていくことが大事だと思います。私もこれからは、税金があることに感謝して、将来、税金を納めていきたいです。そして『お互い様の心』を、いつまでも忘れずに生活していこうと思います。
税について考える
一宮市立萩原中学校
三年 野田さつき
私の父は、「税関」に勤務しています。「税」と聞いて、真っ先に父の顔が浮かびました。そして、父から、どんな税金を扱っているのか話を聞きました。税関では、外国からの輸入に伴う関税、消費税、地方税、酒税、たばこ税、石油税、揮発油税などの他、外国貿易船が入港した時のとん税や、特別とん税を、徴収しているそうです。
この他、税務署では、働いている人の収入に応じて、所得税などを徴収しています。そして、これらの税金は、国や地方に納められます。本当にさまざまなものに税金がかけられているのだなと、驚きました。
一方、納められたこれらの税金では、道路を作ったり、ゴミを回収したり、私たちの使っている教科書や学校に関わる費用もまかなわれています。また、火事になれば消防車が、事件が起きれば警察が来てくれます。そして、病気や事故で緊急時には、救急車が駆けつけてくれます。
私の祖母は以前、背骨を骨折し全く動けなくなってしまい、救急車を呼ぶことになりました。本当にあの時は心配でしたが、救急隊員の皆さんのおかげで、祖母は今、元気に生活しています。日本は、救急車を呼んでも、費用は請求されません。この費用も全て税金から支払われたのです。
もし、世の中に税金が無かったら、困った人を助けることも難しいし、公共のサービスを受けることもできないと思います。税金があるからこそ、私たちも安心して生活ができ、潤いのある楽しい毎日を送ることができるのだと思います。
しかし、世の中には、その税金をごまかして納めない人もいます。そのような場合は、きちんと調査して、正しく納めてもらいたいと思います。なぜなら、そのような人がいると、多くの真面目に納税している人たちが、不公平だと思うからです。
そして、私は、税金が何のために使われるのかを国民に広く伝えることも、大切なことだと考えます。そうすることで、納めた人は社会に貢献していることを実感することができます。そして、私たちのように納税していない人たちも、感謝の気持ちが生まれ、税金の大切さを知ることができると思うのです。
税金は、人体にたとえると、血液中の酸素のようなものだと思います。呼吸して酸素を取り込み、体中の細胞に酸素を送る。税金は国民の暮らしには不可欠で、循環しなくてはならないもの。徴収した税金は、広く国民のために、無駄のないように、使うことが大切だと思います。
今、私は中学生なので、消費税くらいしか納税していませんが、社会人になったら、きちんと納税して社会に貢献したいと思います。そして、これからも税金に関する問題について、真剣に考えていきたいと思います。
税金を喜んで納められる社会になることこそが、国民の幸せにつながると思います。
「命を救ってくれた税」
名古屋市立守山東中学校
三年 板倉遼
「ピーポー、ピーポー」静かな田舎の町に大きなサイレンが鳴り響いた。消防自動車が十数台と救急車が家の周りを取り囲んでいる。僕達が駆け付けた時には、すでに二階まで火の手があがっていた。「おじいちゃんは死んでしまった」と思った。
煙をしばらく眺めていたその時だ。燃え盛る祖父の家の中から、二人の消防士にかつがれて祖父が助け出されたのだ。まるでテレビドラマを見ているようなシーンだった。これは、今年の夏休みに起きた忘れられない出来事。あの必死に火を消す消防の人達には、本当に本当に感謝している。
この火事場で活動していた消防士、警察官、消防団の人達は、当然のことではあるが、火事を起こした人から直接お金をもらって活動しているわけではなく、みんなの税金で作られた組織であることをこの事件であらためて再確認し、税金は人の命も救えるものだということを知った。命懸けで救助にあたった消防士の存在は、脳裏に焼きつけられている。僕は、税金の有り難み、納税の大切さを感じた。
税金は、市民の人達の安全で快適な暮らしを守るためや、良い環境を作るために使われている。税金を払うことイコール国民の生活が守られることと言っても過言ではないと思う。あの時の消防の人達がいなければ、大好きな祖父の笑顔もなかっただろう。
そう考えると、税金は個人では到底できないことを、みんなで出し合ったお金で実現していくことなのだ。世の中には、裕福な人がいればそうでない人もいる。生活に余裕のある人は、少したくさんの税金を負担して、みんなで支え合っていく。逆に今、生活に余裕のない人は、将来たくさんの税金が払えるようになるために、一生懸命働いていかなければならないと思う。
現代では、若い人が就職せず、税金も納めずに生活している「ニート」と呼ばれる人が増えている。このような人々がこのまま増え続け、納税者が減ってしまうと日本の社会は、崩れてしまうのではないだろうか。三十年後、そして四十年後となっていくと、日本の社会が支えきれなくなってしまうかもしれない。きっと税金を納めない人というのは、以前の僕のように、「自分には関係ない」とか「払ったところで何が変わるんだ」と思っている人だと思う。そういう人達が、税金の大切さを理解して、払うことでより良い社会の実現につながるのだ。
今の僕達にできることは、きちんと税金を払うことで、生活を支えていこうという意識を持ち、税金を払うことだ。そして、大人になってもそれを忘れずに、国の安全性を保ち続けていくことが、本当の日本国民の義務なのではないのだろうか。
                       
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