芦屋東灘納税貯蓄組合連合会
トピックス 

40回「税の作文」優秀作品 

 
身近なところから知った税
佐渡市立高千中学校
二年 坂 上 風 香
 私が小学校六年生の時、学区の端の地域に約二キロメートルもある長い
トンネルができました。それまでは、海岸から切り立った崖づたいの、一車線の曲がりくねった道を使っていました。カーブはきつく、見通しも悪く、とても危険な道で、安全祈願の地蔵様に守ってもらっているような所でした。父と出かけるときなど、ヒヤッとすることが多くありました。それでも、市街地と高千・外海府地区を結ぶ主要道路で、通勤や買い物などで利用しなければならない人は大勢いました。トンネルができたおかげで、安全に通ることができるようになりました。
 トンネルの先にも、海上に橋脚を立てて渡した道路があります。かつては中道の狭い道路を使っていた地域にも、美しい海岸線に臨むバイパスが走っています。ここ数年で私たちの地域の交通が、とても安全で便利なものになったそうです。
 高千・外海府地域は、人口も少なく、住民だけの力で橋やトンネルを造るのには負担が多すぎます。もし、税金がなかったら、私たちのように過疎化する地域に暮らす人は、ずっと不便な生活を強いられていなければならなかったことでしょう。道路関係だけでなく、学校の施設設備や教材、ゴミ処理や海岸整備など、私たちの生活のいたるところで税金が役立っていることを知りました。多くの人が税を納めてくれるおかげで、私たちも暮らしやすく安全な生活ができるのです。
 大人達だけでなく、私たち中学生も税を納めていることを知りました。買い物をしたときに支払う消費税。名前だけは知っていましたが、そのお金がどのように使われてるかということは気にもしていませんでした。一人では出せない金額をみんなで少しずつ出し、それを人々の生活に役立てる。その輪の中に自分が入っていると考えると、嬉しくなりました。自分が税金を納め、そのお金が社会で役立てられているということは、とても素晴らしいことだと思います。
 「せっかくいっぱい稼いだのに…」とか、「たったそれだけの人のために…」とか、損得勘定をしていてはできないことを、一人一人の社会的責任で、一人一人の思いやりで成し遂げていく。そう考えると、税金は、日々の生活の中でとても重要な役割を果たしている、大切な制度なんだなあと思います。
 今はたった五パーセントの思いやりだけれど、社会の一員として胸を張って納めていきたい。そして大人になっても、みんなに役立つ税金をしっかりと納めていきたい。そのお金が、ふるさと佐渡ヶ島や、まだ不便なところが残っている地域に役立てられることを信じて。そして、住みやすく、毎日を安心して暮らしていけるような日本を創るために使われることを信じて。
「申告書は両親の表賞状」
大阪市立大宮中学校
三年 三 好 菜 実
 私の家はコンビニエンスストアー、一般に言う「コンビニ」を経営しています。友達は「家がコンビニやと、何でももらえるからいいなぁ」と、うらやましがります。また、現金商売なのですごく儲かっているように思われます。見た目はきれいな仕事のようにみえるのでしんどくないように思われています。しかし、現実は大変なんです。店は二十四時間営業で、店員さんはたいていアルバイトの大学生です。だから、学校の試験で休みのときは人手が足りなくなり、家族の者が交代で手伝いをします。もちろん父や母は、毎日朝から働いていますが、人手がないときは食事時間もとれないほど長時間働いています。
 そんな両親がもっとも大変な時期があります。三月にある青色申告の時です。
 日本の所得税は、納税者が自ら税法に従って所得と税額を正しく計算し納税するという申告納税制度を採っています。青色申告というのは所得の計算などについて有利な取扱いが受けられる制度のことです。店は会計士さんに頼んでいますがそれまでに申告に必要な領収書や売掛帳、買掛帳、経費帳などのたくさんの帳簿を家の方で用意しなければなりません。普段、朝から夜遅くまで働いている両親にとっては、それらの事務仕事が加われば睡眠時間が大幅に削られます。申告が済むまでの一ヶ月程は、忙しい母にかわり家事は祖父母、兄、私でなるべく分担しています。そうした大変な思いで頑張っている両親は税金に対して不満を持っていると思うのですが、確定申告が終った日の顔は、とても晴々としています。それが不思議で私は父に、頑張って働いて税金を取られるのは馬鹿らしくないかと聞くと父は、税金は取られるのではない、納めるものだ。税金が納められるというのは、この一年間、家族が何事もなく無事で働けたという証拠なのだ。だから、来年も頑張って働いて申告するぞ。と言いました。
 私の両親や働いている人達が納めてくれた税金は、私達の生活にいろいろな形となって使われています。
 安全を守ってくれる警察や消防署や急病やケガをしたときに来てくれる救急車は、日本では無料です。それは、社会保障関係費として国の予算の約二十五パーセントの税金が使われているからです。また、私達が毎日通っている学校や設備の全てが教育費として税金で賄われています。
 父や母が大変な思いをしても来年も頑張ると言えるのは、自分達が納めた税が社会に生かされ子ども達の将来に役だてられるという自信と誇りがあるからだと思います。そんな両親の思いを裏切らない社会であってほしいです。青色申告書は、両親への表彰状だと思います。私も大人になって税金を納めたとき両親のような晴れやかな顔がしたいです。
「税金と国際化の中で生きるわたしたち」
京都市立深草中学校
三年 室 谷 侑 代
 「Oh beautiful !」
ある外国人女性が、悠々と並ぶ鉾を見て発した声を私は、すぐ横で聞きました。
 日本三大祭の一つである祇園祭。鉾に鐘の音。その煌びやかさは、日本だけでなく、外国の方の心にも染み入るものがあるのでしょうか。その時私は、ふと思い出しました。「毎年、外国人観光客をよく見るなぁ。」外国の方は、京都を訪ねて、何を感じられるのかは分かりませんが、こうして外国人観光客が絶えないのは、何か、魅力があるからなのでしょうか。
 生まれてから現在に至るまで、京都を離れたことのない私にとって、この地に特別な何かを感じることは、特に無いのですが、長い歴史の中で育まれた、京都の建築物・行事・自然・伝統などが、訪れた人々にとって、かけがえのない思い出になったかもしれない、と考えると、思わず嬉しくなります。そして私は重大な事に気付いたのです。今もこうして、趣きある京都の街づくりを支えているのは「税金」であるという事実に。
 さらに私は、税金の役割について、もっと情報を得るため、詳しい方に尋ねてみました。「税金は、中学生のあなた自身にも、たくさん使われているんですよ。安全な生活を送るために、消防・警察なども充実しているし、病院では医療制度がうけられます。一つでも欠けては困る、大事な事ばかりです。祇園祭でも、税金は多く使われていますよ。鉾の修理費や交通整理をしてくれる警察などにね。」話を聞いて私は、税金が生活の隅々に行き届き、守られているこの環境が、いかに幸せなものなのかを知るきっかけとなりました。
 思い返せば四年前、私が通っていた小学校で、校舎の大部分が改装されました。工事により冷房完備の教室、以前なかった多目的ルームを設け、バリアフリーを兼備した廊下やトイレなど、立派な学校になりました。きっと莫大な税金が必要だったに違いありません。
 現在、メディアで、税について様々な話題が飛び交っています。脱税、酒税・たばこ税の値上げ、消費税が増額か、とちらつく中、それらに伴い不満を抱く方も多いかもしれません。しかし、ここで一度考えてもらいたいのです。年々膨れ上がる公債。今にもパンク寸前の国を救うのは、私達国民でしかないはずです。いかに多くの税金が、私達の生活維持に必要か、身近な税の役割を知る事で、自ずと分かります。私達の納めた税金は、暮らしに笑顔をもたらす為、様々に変化しながら、人々を繋いでくれるものだと私は思います。
 今この瞬間にも、納税する人々の支えの下、税という名の“笑顔の種”が、国境をも越えて多くの人々に、感動の花を与えています。
 将来私は、老若男女を背負って働く納税者になって、報恩したいと思います。と同時に財政を管理する方々には、貴重な税金を無駄なく、有効に使ってもらいたいと思います。
税の恩恵
播磨町立播磨中学校
三年 西 川 愛 苗
 私は中学三年生。もう、九年間の義務教育が終わります。教科書、授業料、すべて国と地方公共団体の負担で、無料でした。当然のことと思い、学校に来て、授業を受けてきました。来年から、高校では授業料を払うのです。勉強をしたいから、学校に行く。この意識が、違うと思うのです。今、思うと本当に良かったと思います。
 私の家庭は、小学校の途中から母子家庭になり、収入が低いため、援助金をもらっています。毎年、町の教育委員会に申請して、許可をもらっています。母から、「皆が一生懸命働いて、納めた税金をもらって、勉強させてもらっているんだから、しっかり勉強するのがあなたの仕事。」と言われてきました。時々、さぼりたい時もあったけれど、頑張ってきたつもりです。塾に行けなくて、おこづかいをもらえなくても、私が帰ったとき、母が迎えてくれる、安心して学べる生活ができる、本当に幸せだと思います。これも、補助してもらえるからだと思います。母は、今は私達姉妹をしっかり育て、少しでも世の中の役に立つ人間に育てることが、一番の仕事と言います。妹が大きくなったら、正社員で働きたいと、いろいろ自学で勉強しています。私は、早く社会に出て、働いて、税金を納めて、今度は私達のように、収入が少なくて、また、働きたくても働けない、そんな人達が、安心して、生活できる社会に協力できたらと思います。そのためにも、今、一生懸命に私のできることをしていきたいと思います。
 以前、私の靴が傷んで、少しかっこ悪いと思っていました。でも、母は繕って、履きなさいと言います。お金がないから?と思いました。でも、それだけではない。自分の持っている知恵、知識で使えるようにする。それが、大事と思いました。私は、税金を納めても、有意義に使って欲しいと思うのです。学校の備品でも、落書きしたり、荒く使ったり、もっと大事に使えば、無駄な税金を使わなくてもすむのに、自分だけの机でなくて、後輩が何年も使うのに、といつも思います。耐震補強の工事も、私達のため。本当に大切にされている、感謝しなければ、と思います。そして、もっと、私達が学校を大切にしなければ、と思います。住民税が大幅に増えたと聞きました。必要な財政は守り、無駄なことには税金を使わない、そんな気持ちも必要だと思います。年金で生活している人から、税金をとって、私達が学校で物を大切にしない、そんなおかしなことはないと思います。私達はこれから、自分達の人生を生きる、その力を付けるために、勉強させてもらっている。もっともっと、感謝しなければいけない。そして、自分を大切に学ぶことが、社会に対する私の義務だと思います。
納税と税による恩恵
神戸市立友が丘中学校
三年 竹之熊 和 也
 「税」ということばを聞いて、僕の頭に家族の二つのせりふが思い浮かんだ。一つは、毎年四月頃に、郵便受けに入る振込用紙入りの封筒を開けながら母が言う、
「どうしてこんなにあちらからもこちらからも税金を取られるの。」と、
もう一つは銀行通帳の引き落とし明細を見ながら祖母が言う、
「こんな上等なベッドに寝かせてもろて、最新の酸素も使わしてもろて、お金の心配せんでええ、ありがたいことや。」である。
 僕の家族は、会社員の父、無職の母、八十四歳の祖母、中学三年の双子の弟、そして僕の五人である。父の毎月の給料からは、扶養者が四人と多いにもかかわらず、結構な額の所得税や住民税が引かれる。住んでいる団地は持ち家だから固定資産税を払う。たまにしか乗らないが、車もあるので自動車税も払う。父はたばこを吸いお酒も飲むので、たばこ税や酒税も間接的に払っていることになる。毎年楽しみにしている家族旅行で温泉に入る時も税がかかる。そして、ほとんど毎日買う食料品や日用品には消費税が含まれている。書き並べていくうちに、母があのように文句を言う気持ちもわからないではない。
 一方、祖母は三級の障害者であり、また要介護一でもある。五十万円ほどする在宅用酸素は無料で使え、三十万円ほどする介護用ベッドのレンタルは一割負担だけですむ。費用の心配をせず、最高水準の治療や介護を受けている。祖母が「ありがたいことや。」と言う気持ちもよくわかる。
 僕は、自分の家の中に、ひとつの税のシステムを見たように思った。納税と税による福祉面での恩恵が、僕の目の前で行われていたのである。また、よく調べてみると、今まで僕が見過ごしてきた税による恩恵が、税の種類の多さに負けず劣らず、まだまだたくさんあることがわかった。教育面では、授業は無償で受けることができ、教科書も無料でもらえる。生活面では、道路や上下水道の整備など、健康や安全面では、病院や警察署、消防署の存立など、きりがないほどある。そして、これらはしてもらって当たり前、あって当然と思っていたものばかりである。僕たちは、取られること(納税)には敏感に反応するが、してもらっていること(税による恩恵)には鈍感になっていると思う。もっと税による恩恵を敏感に受けとめ感謝するべきである。なぜなら、僕たちの生活は、税のお陰で成り立っているからだ。僕が、家族が、友達が、人としての幸せな生活をおくるには、税はなくてはならないものなのである。
 将来、僕も国を支える国民の一人として、納税の意味をしっかり理解し、責任を持って納税の義務を果たしたい。そして、納税と税による恩恵のバランスがうまく保てる社会になることを望む。
平和な世の中を築くために
桜井市立桜井西中学校
三年 田 中 小百合
 地球上では、六十五億以上の人が生きている。ある国では、小さい子どもまでもが強制的に労働をさせられ、子どものうちに死んでゆく。またある国では食料不足に苦しみ、病気にかかっても治す薬がない。
 現在の日本では、餓死について悩んだり、いつ命を奪われるかという恐怖におののくことはまずない。世界の中で、今の日本は豊かで恵まれた社会なのである。
 そんなふうに私たちが平穏で豊かな暮らしができるのは、国や地方公共団体が様々な公共サービスを提供してくれているからである。
 犯罪の防止や交通対策などに当たってくれている警察、また災害から人命や財産を守ってくれている消防。学校や公共施設の維持・管理、上下水道の整備など身近なものから、国土の開発や外交、産業の振興、自然環境の保護など多大なサービスが私たちの暮らしを支えてくれている。
 国や地方公共団体がこれらの仕事をするためには多くの費用がかかる。この費用を私たち国民が「税金」として負担するのである。
 私たちはこのように様々なサービスを受けているにもかかわらず、税の負担感ばかりが強く、無償で公共施設を使えているという意識が薄い。ましてや、一人あたりの高額な税金を使って与えられている義務教育を面倒だと思ってしまっている人もいる。
 世界には勉強がしたい、学校に行きたいと思っているのにその願いが叶わない子どもがたくさんいる。だが、日本では憲法で国民の三大義務の一つとして教育が定められ私たちの周りにはいつでも勉強ができる施設や用具が揃っている。
 私たちが学問に専念し毎日を幸せに生きることができるのは、税金の支えがあるからなのだ。また、私たちの税金が国内だけでなく外国のためにも使われていることを知っているだろうか。世界で貧困や飢えに苦しむ国の人々のために海外援助として現地へ行き援助活動をしたり、救援物資を送ることにも税金が使われている。
 人と人は支えあって生きている。安心して暮らせる日本を保ちながらも、世界の貧困をなくすために税を使い海外援助をしているこの国を、私は誇りに思う。
 近い将来、納税の義務を背負うことになる私は社会を支える立派な納税者になりたい。いつか、世の中の人全員が幸せに、笑顔で過ごせるような、そんな社会を作っていきたい。
生活を守る税
太地町立太地中学校
三年 漁 野 有 紀
 僕は、三年生になってから、社会の公民の授業や、税の教室を通して税について学んできました。そして、税で国民の生活が支えられている事を知りました。国民一人一人が納税する事の大切さが分かりました。
 今年、僕の住む太地町に避難誘導灯である現代版「稲むらの火」が設置されました。僕の住む暖海区は、地震時の津波災害区域です。そのため、高台の災害時避難場所にそれが設置されました。それは、太陽光発電と風力発電によって、点灯する仕組みになっています。また、音声で避難場所を案内してくれます。僕は、この装置のテストを兼ねた避難訓練に参加しました。これがあれば、いち早く逃げられるし、夜中でも、光を頼りに逃げられる事を実感しました。これが僕たちの命を救う重要な物になるだろうと思いました。そして、税によって僕たちの安全は守られているのだと感じました。
 ところで、「稲むらの火」というのは、一八五四年、安政の東海地震・南海地震の時の話です。津波を予感した浜口梧陵は、高台にある自分の稲に火をつけました。そうする事で、地震に気付いていない村人たちを誘導して、津波から村人たちの命を救いました。彼はその後、私財を費やし堤防を築き、昭和の南海地震の津波からも住民の命を守りました。梧陵は、私財を住民のために投資した偉大な人だと思います。しかし、個人の力だけでは限界があります。現在は、国や地方自治体が税金を使って、災害対策を行っています。税金は、個人ではできない事を可能にする強い力であると僕は思いました。
 また、地震や津波の研究なども税の力で支えられています。僕の父は、海洋研究開発機構の海洋調査船の船長をしています。その船は、マリアナ海溝や日本海溝など地震の発生源を主に調査しています。父はいつも家族に、「安全に航海して、効率よく確実に調査をしやなあかん。失敗はできんのやよな。みんなの税金を使いやるということもあるし。早く地震のメカニズムが分かって、地震を予知できるようになればいいのに。」
と話します。僕も、地震だけでなく、全ての自然災害が早く予知できるようになってほしいと思っています。そのためには、さらに研究を進めてほしいです。それが、国民のための有意義な税金の使い方の一つだと思います。
 ここまで、税金が私たちの暮らしをサポートしてくれている事を、例を挙げて述べてきました。僕も、将来社会に出て、一生懸命働いて、しっかりと税金を納めたいと思います。それが、国を支える力になる事だと思うし、何よりも、税は、国民の生活に安心を与えてくれるものだからです。僕は、こうした認識を持った大人になっていきたいと思います。
税が命を救う
湯浅町立湯浅中学校
二年 水ア 愛
 どこからともなくヘリコプターの音が近づいてきたと思ったら、私の家の前の小学校の運動場に着陸しました。それは「ドクターヘリ」と呼ばれ、一刻も早く患者さんを病院へ運ぶためのヘリコプターでした。近くの海でおぼれた人を運ぶことを聞き、どうかその人が助かりますようにと私は祈りながら見守っていました。しばらくして患者さんを乗せたそのヘリコプターは飛び立つとあっという間に姿が見えなくなり、その速さに驚きました。
 それから後、あのおぼれた人の命が助かったことを聞いてとても嬉しく思いました。もしあのドクターヘリがなかったら、あの人の命は助かっていただろうか、そう考えると本当に感謝せずにはいられません。
 このドクターヘリの運航には多額の費用がかかります。しかし、すべて公的費用つまり税金でまかなわれています。みんなが納めた税金がひとつの大切な命を救うということは素晴らしい事だと思いました。
 今年の初め、私の祖母も転んで歩けなくなり、救急車にお世話になりました。救急車がなかったら、病院へ連れて行くのも大変だったと思います。このようにいざという時、私達を助けてくれるシステムがあり、これも税金によって成り立っています。
 私は今まで、「税金」についてほとんど考えたこともなかったし、どうせ自分とは関係のない事だと思ってたいして関心もありませんでした。しかし中学生になって税について知れば知るほど、私達の生活は税によって支えられていることに驚きました。
 例えば、今年姉が高校に入学したのですが、授業料を払わなければならないし、教科書も自分で買わなければなりませんでした。それにひきかえ私はというと何も支払わなくても学校で勉強することができます。また病気になっても少しの負担で診てもらえます。みんなが出す大量のゴミも処理してくれます。まだまだ数えきれないほど私達の生活を支えてくれているのが税金です。これら全てを自己負担しなければならなくなったら、私達はぼう大なお金を払わなくてはならなくなります。
 税金を払うことイコールお金を取られる、損をするという概念にとらわれがちですが、私達が支払う税金は、それよりはるかに大きな恩恵となって私達一人一人を支えてくれているという事実に気づかなければならないと思います。そうすると納税は国民の義務であるから仕方なく税金を払うのではなく、結果としてそれがどれほど多くの人を助けることになるのかを考えたいと思います。
 税金は木の根っこのようなものだと私は思います。目には見えませんが、根っこがなくては木は生きられません。私も将来、税金を納めることで、みんなの役に立つような大きな木の根っこになりたいと思います。
私の考える税
高島市立安曇川中学校
三年 越 智 かれん
 憲法第三十条には「納税の義務」とあります。憲法第二十五条には「すべての国民は、健康的で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあります。第三十条「納税の義務」とは、第二十五条の「私たち国民が平和に、安全に生活していくこと」を維持する為の法律だと思います。税はいろいろな場面で私たちを守ってくれているのです。自分一人では守りきれないところを、私たちのお金を使って守ってくれているのだと思います。
 私は『税』とは、国そのものだと思っています。国は、政治家・官僚・裁判官の人達だけが運営しているのではなくて、私たちの税で運営しているのです。税がなければ国として成り立たなくなるでしょう。みんな、税を『とられている』と言いますが、私はその表現は正しくないと思うのです。義務は「法律主体たる人に課せられる法的な拘束」とありますが、決して一方的な拘束ではないと思います。なぜなら、学校や道路の整備、年金等々、税は必ず私達に返ってくるからです。
 日本のような民主主義国家では、国は国民のものです。この社会においては、国という組織の下に国民がいるという考えは間違っていると私は思います。納税者による税がなければ国は動きません。納税者がいなければ、国は、国でなくなってしまうのです。税がなければ、色々な社会的機能は混乱するでしょう。たとえば、交差点の信号がなくなれば、交通が麻痺したり、危険が増して生活が危うくなると思います。公立学校がなければ、お金がない家の子供は学校へ行くことも出来なくなり、今私達があたりまえのように受けていることが、お金持ちだけが教育を受けられるというような状態になってしまいます。それは、貧しい人たちが持っているかもしれない可能性を潰し、結果的に国の水準を下げてしまうことになるでしょう。もし目の前に病気で苦しんでいる人がいても、お金が無いために、医療にかかることが出来ず、助かる命を失うことになるような社会になります。私はそんな社会は嫌です。
 納税、税とは、国を動かしていくことによって「自分で自分を守っている」ということなのです。ですが、本来納税によって国を運営していく責務のある納税者たちが無関心だったり、諦めたりしてしまうから、『とられている』と感じてしまうのではないでしょうか。実際に国を動かしているのは納税者であり、税は、「私たちの手で国を動かしている」と実感できるものの一つではないかと、私は思います。
世界の架け橋となる税
札幌市立柏中学校
三年 川 瀬 幸 奈
 滞納者の増加や無駄使い、将来の国民年金についてなど、最近、様々な税についての報道が飛び交っている。私は毎日の様に報道されている税について、否定的な考えしか持つことができていなかった。何故国民が最低限守らなければならない、納税の義務すら守れない大人がいるのか、私には理解できない。国民が払っている税金で、一体どれほど私達自身が助かっているか、何故報道しないのだろう。それは、税によって救われている私達の暮らしを『あって当り前』としか考えていない無知な国民が増えているからではないのか。
 私は小学校三年生から中学校一年生の四年間をタイのバンコクで過ごした。その四年間は、世界一の生徒数を誇るバンコク日本人学校に通っていた。もちろん日本人学校なのだから、教育の内容は日本と一切かわらない。他には、週に一度の水泳やタイ語が授業としてあったりしたが、今、こうして帰国しても何の支障もなく授業を受けられるのは、バンコクで日本とかわらない教育を受けられたからだと思っている。
 さて、私達が授業を受ける時に必ず机に置いてあるものを考えてみてほしい。そこにも、私達が税のおかげで無償で配布してもらっているものがある。正解は、教科書だ。
 私は日本人学校で新年度に配られる教科書を当り前の様に受け取っていた。名前を書き、時には教科書に落書きをしたりして、先生に怒られる。それは、日本ではごく当たり前の光景なのだ。しかし、私は税の学習を通し、その『当り前』は日本国民の税あってこそのとてもありがたいものなのだと理解することができた。タイは発展途上の国で、貧富の差が激しい。子供達も、とても有名な学校に通い、勉強をしている子もいれば、交通渋滞の中、裸足で新聞やマライと呼ばれる花のお守りを一日中売り歩く子もいるのだ。その様子を見て育った私は、学校へ行ける素晴らしさと共に一冊一冊がとても高価な教科書を無償で配布してくれる日本の税のしくみをとてもありがたく思った。しかもそれは、海をこえた地にいる私達にも平等に与えられるのだ。
 私達日本国民は考え直さなければならない。この世に生を受けた時からある『当り前』は、本当にそんな目線で考えて良いものなのかどうかを。毎日の様に報道される税に関する悪いニュースだけが税金ではないのだ。自分の気付かない所で税は私達のためにしっかり働いていてくれることを、忘れてはならないと私は思う。
 税は私達国民に、平等に働いている。私は一冊の教科書を通し、税について詳しく考えることができたが、これを読んでいるあなたにも小さなきっかけから税について考えてほしいと思う。『当り前』を作り出す。今度は私達若者の番だ。
未来につなぐ
札幌市立陵陽中学校
三年 立 松 愛 弓
 来年の三月、私は中学校を卒業します。それはつまり、「義務教育を終える」ということです。よく考えてみると、小・中学校で使ってきた教材や備品のほとんどが、税金で買われたものでした。落書きのある机も、ボロボロになってしまった教科書も、お世話になった校舎も、もとはといえば全て税金です。つまり、今の私があるのは、「税金があったから」と言っても過言ではありません。私の今までの学校生活は、友達と先生と家族と、そして税金によって支えられてきました。
 「税金」と言われて一番最初に思い浮かぶものは、やはり「消費税」です。消費税は、私達中学生が唯一納めている税金ですが、その税率はスウェーデンの五分の一だそうです。近年、さらに厳しくなるだろうとされる国家の台所事情から、税率を上げた方が良いかということが、論点の一つとされています。私も将来、社会に出ると、様々な種類の税金を納めるようになるので、税率が上がると、負担は大きくなることでしょう。しかし同時に、税率を上げることは、私達の生活がより豊かになることに繋がるだろうとも思います。
 私が通う塾の途中に、交番があります。昨年の冬のことです。いつもより遅い塾帰りになってしまったその日は雪が降っていて、辺りはもうすでに暗く、急ぎ足で家に向かいました。その途中の寒空の下、一人の女性警察官が立っていました。私は寒いだろうな、と思い、「こんにちは。」と声をかけると、彼女は笑顔で「こんにちは。」と返事をしてくれたのです。私はその笑顔を見て、なんだかとてもほっとしたのを覚えています。私達の安全のために働いてくれている人達がいる、と。
 私達日本国民の安全で安心のための税金。豊かな生活の様々な場面で生きている税金。私は今まで「教育を受ける権利」として、たくさん学び、たくさん笑い合った学校生活の思い出を築き上げていくことができました。次は私達の番。日本国憲法第三十条に定められている「納税の義務」をしっかりと果たし、未来の子ども達にも、充実した「教育の場」で、たくさんの思い出を作ってもらいたいのです。ふと見上げると、「あの区役所は、税金で建てられたものだ」、「この道路も、向こうの歩道橋も、みんな税金で作られたものだ」、「僕達の学校も税金だったのか」と、そんなことに気が付くかもしれません。たくさん遊んで、たくさん学んだ未来の日本の子ども達が、しっかりと税金の大切さを理解してくれることを願って。
 納税は、日本国民の当然の義務であり、未来へつなぐ懸け橋です。
誰かが喜んでくれるから
秋田大学教育文化学部附属中学校
三年 佐々木 響 子
 「暗い、狭い、危ない」この三拍子がそろっていたのが、五年前までの私の家の近所のトンネルでした。「歩道はないし、なんだか汚いし、あんまり通りたくないなあ……。」と思うようなトンネルでした。しかし近所の人も、そうでない人もみんながよく使用するのです。その状態がずっと気になっていたある日、私は思いきって秋田市長さんに手紙を書きました。「狭く、暗く、歩道もない危険なトンネルなのです。事故が起きてしまう前に、安心して通れるようなトンネルに変えていただけないでしょうか。」すると、その手紙のおかげかはわかりませんが、トンネルの工事が始まったのです。壁は削って拡張され、まっ黒だった壁は真っ白に塗り替えられました。電灯も新しく付け替えられ、トンネルの中はとても明るく、きれいになりました。今では、安心して毎日の通学に利用しています。
 その工事が、私たちの納めている税金によって行われたことを知ったのは、つい最近のことでした。社会科で、国民の義務の一つである「納税の義務」について習ったのです。そのとき、税金の使いみちの一つが、公共の施設や道路の建設だと知り、私はあのトンネルのことを思い出しました。「あのトンネルも、みんなが納めた税金によって生まれ変わったんだ。」そう思ったら、「税金がみんなの生活を豊かにする」という言葉にもうなずけたし、税金というものが私たちの生活の中でどれだけ大きな役割をもっているか、考えるきっかけになりました。
 みんなの納める税金が、一つの大きな力となって、生活がより豊かになるのです。自分も、社会のためにこういう形で役立てるということを知り、税金に対してより親しみを感じられるようになりました。
 私たちが、自分の住む町や市、県、そして日本をつくっていくのです。税金を納めることで、きっと何かが変わるはずです。あなたも私も、何かを変えることができます。一人一人が、その大切な一員なのです。「税金を納める」というのは、社会のため、みんなのために役立てる“チャンス”だと私は思います。
 今はまだ、消費税しか納めていませんが、それでも立派な納税者です。これからは納税者の一員として、そして社会の一員として、胸を張って税金を納めていきたいと思います。
感謝、感謝、笑顔
弘前市立第三中学校
三年 成 田 愛 子
 「ヤーヤドー!」
全国的にも有名な弘前ねぷた祭り。今年も多くの人でにぎわった。
 たくさんの人を迎え入れる玄関口、弘前駅やその周辺、また、弘前の名物、弘前城公園の周辺。このまちのメインとも言えるそれらの地域は、決して都会的ではないが、きれいに整備されていて過ごしやすい。車道も歩道も道幅が広く、平らで点字ブロックがあり、ところどころに公園もある。木が植えてあったり、水のモニュメントがあったりと工夫されている。落ち着いて、そんな風景を楽しみながら歩くことができる。
 そんなまちの中、広い道を歩いているとき、ふっと思った。何年か前は、この道、道幅は今の半分くらいででこぼこしていたよな……と。いったいどんなお金をつかって、このまちは整備されたのだろう。
 調べていくと、弘前市民が納めた税金がつかわれていることを知った。また、駅周辺などを整備するために、その地域に住む人が納める「都市計画税」というものがあるらしい。
 都市計画税とは、都市の物質的な環境の整備・改善をおもな内容とした、生活の発展のための税金だ。公園、緑地などを適切に配置したり、交通網を整備したりと、とても身近なところにつかわれている。
 このことを母に話したら、
「都市計画税はうちも納めているよ。」
と、税通知書を見せてくれた。金額は思った以上に高くて思わず母をみつめると、
「高くないよ。身近なところにつかわれているんだよ。」
と笑っていた。
 都市計画税だけではない。自分の住むまちは、さまざまな税によって支えられている。そして、税金は誰かのためでもあるが、自分のためにも納めているのだ。あと五年、大人になったらわたしも税を納めることになる。今はまだ、自分で税金は納めていなくて、ただただ感心しているだけだけれど、大人になったら、しっかりと税を納め、地域を支える一員となりたい。
 そのときが来るまでの五年間、わたしがするべきことはないだろうか。公共の場をきれいにつかうこと。そして何よりも税がつかわれていることを知り、気づき、納めている人に感謝すること。今できることはそれくらいしかないけれど、いつかくる五年後の日まで、そうしていきたい。
 税によって住みやすくなっていくこの弘前。この広い道をゆっくり歩いていくと気持ちが晴れる。たくさんの笑顔も見かける。ああ、税は笑顔のきっかけもつくっていたんだな、と感じた。ありがとう、ありがとう、と思うと同時に笑顔になった。
国民を支える一人
弥富市立弥富北中学校
三年 杉 本 純 一
 二〇〇四年一月、十二歳の誕生日むかえようとしていたころ、今後の人生を台無しにするような大事件が起きました。僕の耳が不自由になったのです。病院に行くと僕は医師に、両側高度感音難聴と診断されました。そして、三月十九日に手術を受けることになりました。
 そこでなにより心配になったのが手術費でした。手術費が高額なことは知っていましたが、細かな価額はまったく知りませんでした。そこで、僕は医師の話を聞いていた母に聞いてみました。すると、母の口から驚きの言葉が出ました。なんと「手術費と人口内耳の機械で合わせて四百万円ぐらいかな。」でした。母は落ち着いて言っていたので不思議に思っていました。そして僕は、突然不安になりました。しかし、次の母の言葉で不安が完全に取りのぞかれました。母はこう言ったのです。「お金はね、町が負担してくれるから心配しなくても大丈夫。」と言ったのです。母はこれを知っていたからさっきから落ち着いていたんだな、と思いました。そして三月十九日、無事手術を受けることができました。
 しかし、その町が負担するお金は、だれのお金なのだろう、と疑問ができました。そして中学三年生になって、公民科の授業で地方自治体について学ぶことで、ようやく町民が納める税金で負担していることが分かりました。これを知ったとき、「納税なんて…。」と思っている自分が恥ずかしくなりました。
 考えてみれば、大人ではなくて子供でも、物を買う時に付く消費税で税金を納めているのです。そしてこの消費税の一部が、市町村のお金となり、ゴミが回収されること、公園やプールが整備されること、そして僕のような障害者を助けることに役立っているのです。これはすごいことではないでしょうか。なぜなら、たった百円のものを買うだけでその百円にかかる五円という消費税が、国や市町村のために自分が役立つことができるからです。
 しかし「税金は納めたくない」という考えの人が数多くいます。でも税金を納めないと自分の地域は整備されず、その地域の人達は生活ができなくなってしまうのです。だから「納めたくない」や「納めない」という税金へ対する負の考えを見直し、「地域のために」と、前向きに考えることが大切だと思います。
 今僕たちがくらす社会には、脱税や国民年金の未納、税金の無駄使いなど数多くの問題があります。国民年金の未納の問題は、国民が税金について理解していないという信号で、国民の理解が必要であるというあらわれだと思います。そして、この問題が自分が納税するようになっている時も残っているかもしれません。だけど、僕がこうして人口内耳で音が聞こえるのも税金のおかげなので、納税することで『国民を支える一人』になりたいです。
税金の使途と社会問題
豊田市立朝日丘中学校
二年  田 尚之介
 私たちが生活していく上で、税金がどれだけ役に立っているかを考えたことがあるでしょうか。
 簡単に言うと、税金とは、私たちが豊かで安定した生活を送れるようにする為の資金を賄うものです。周りを見渡せば、税金が活用されているものは沢山あります。
 例えば、一番身近なものでは学校です。私の中学校生活にも色々な場面で多くの税金が使われています。まず、机や椅子、本などの備品などがそれです。他にも私たちが部活で使う体育館の建設や補修、先生方の人件費まで様々です。こうしてみると、私は税の有難みを感じると共に、学校の備品は大切に扱わなければいけない、という気持ちになりました。
 他にも税金の使途には、障害を持った方々や高齢者の為の福祉、図書館・公園などといった公共施設、道路や橋の建設など様々です。
 さて、今までに色々な税金の使途がでてきましたが、私が一番興味を持ったのは、アフリカなどの発展途上国の経済支援の為にも税金が活用されているということです。税金は自分たちの為だけでなく、広く世界の為にも利用されていたのです。これを知った時、私は少しですが消費税を払っていることを誇りに思いました。それと同時に納税の大切さを知ることができました。税金を払い、発展途上国の援助に貢献することによって、心も豊かになると私は思います。
 この国のため、世界のため必要不可欠な税金ですが、みんなが納税してこそ成立する仕組みです。現代では高齢化が進む一方で少子化が社会問題となり、納税者が減ってきています。更に残念なことに現代では「ニート」と呼ばれる、働かず納税もせずに生活している若者が増えてきています。このような人がこのまま増えていけば、お年寄りを支えるべき人が減ってしまいます。私たち中学生は、今は収入もなく、税金の恩恵にあずかる一方です。その分、大人になった時には昔受けた税金の恩を返す立場にある筈です。それなのに、現代に至っては納税の義務を果たさない「ニート」が増えてきていて、本当に情けなく思います。社会全体で改善していくべきです。
 今まででも分かるように、納税は大変重要な意味があります。税についてはなかなか理解しにくいと思うのは、今の便利な暮らしが当たり前のようになっていて、それが税金によるものであることを忘れてしまっているからでしょう。しかも、先ほど述べた少子高齢化問題のこともあり、今後益々納税の重要性が高まってくることでしょう。数年後には私も大人になり、様々な形で税金を納めていくことになるでしょう。税金というものがとても有意義で素晴らしい役割を果たしていると知った今、責任を持って税金を納めていかなければならない、と感じました。
                       
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